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録。


by akkohapp
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日本人の顔

画面に映し出されるスズキ氏は、
たくさんのものが刻み込まれた顔をしていた。
顔つきだけ見れば、彼と良く似た役者がいると思い当たったが
あのベテラン役者も、スズキ氏の表情を演じることはできないだろう。
長い間何かと闘い、勝ち負けの結果すら存在しない歴史に翻弄された人のみが
あんな顔になるのだろうから。
その顔は、紛れもない、日本人の顔だ。


昨夜放映されたNHKスペシャル「再起への20年 日本の群像」は
バブル崩壊後に不良債権処理に追われ、ついには破綻に追い込まれた
銀行の「責任」を背負う結果となった銀行マンの姿を追った。

大蔵省による指導の下、足並みを揃えた銀行が
企業に対する長期的融資を行ったバブル期。
「お金を貸すことは時間を貸すことでもあったんです」
「企業に対する忠誠心」
そんな言葉が日本の銀行と日本経済をつなぐパイプとなっていた時代だ。

公定歩合の引き下げにより、ダブついた資金を消化するために
日本の銀行は土地、不動産に多額の融資を行い続けた。
「土地神話」は国境を越えて蔓延り、ウォール街では"Japan Money"が
ストライプタイを締めたバンカーたちを脅かした。
スタテン島とマンハッタンを行き来するフェリーの最前列に乗ると
ぐんぐんと近づいてくるロウアー・マンハッタンの高層ビル群を仰ぎ見ることができる。
空を刺すそうにして聳え立つそれらの何本が、バブル気運に乗った
日本の銀行融資によって建設されたものなのか。
そんなこと考えたこともなかった。

ガスでパンパンに膨れ上がった風船は
細い針で一突きすればあっという間に醜いゴムの残骸になる。

ブッシュシニア陣営は、相次いで起こった住宅ローン会社の破綻に大きな危機感を抱き
その背後に大量の企業倒産という犠牲を払っても
公的資金を注入しながら迅速な不良債権処理を行った。
経営陣の責任を徹底的に問い、経済の建て直しに直球を投げ続けたのが
ワシントンの出方であった。

一方、日本では、急激な地価の下落に伴い、
1990年には銀行が抱える多額の不良債権の影が黒々とし始めた。
そして、日銀が公定歩合を引き上げたことにより、経済に急ブレーキがかかることとなる。
ついにバブルが崩壊し、スズキ氏をはじめとしたたくさんの銀行員たちが
精神と肉体を極限にまで追い込みながら、資金の回収に走り回ったが
返済が滞る企業の数はうなぎのぼりに上昇、
資金の焦げ付きは広がるばかりだった。

世界経済への影響を危惧したワシントンでは
「日本の不良債権処理の対応(の遅さ)は異常だ」との声が荒々しく上げられていたが
ついぞ日本では「長期的視点に立った融資」の姿勢が変えられることはなく、
融資の増額、人員の派遣などの策で短期的な問題解決方法に焦点が当てられ
膨れ上がった不良債権の処理に、直球を投げられることはなかった。

「取引先の苦しさを分かりながら回収を行うことの苦しさ」
こんな言葉、こんな苦悩、こんな心が
日本の銀行と企業を結び付けていた目に見えない何かであり
それを人は「文化」と呼ぶのだろう。
ワシントンで開かれた経済会合では
「日本の構造的文化的な壁が、問題の解決を遅らせている」との指摘がなされた。


1996年、橋本内閣により提唱された金融制度改革(金融ビッグバン)に沿って
国際金融ルールに則った金融システムの構築が推進された結果
日本の金融市場には外資系企業が軒を連ねることとなった。
スズキ氏らの勤めた銀行は98年の破綻後、公的資金が注入され、
外資系企業に買収された。
結果、「企業とのしがらみにとらわれない」
新しい銀行として生まれ変わった。

「金融機関は価値のある企業に資金を分担する役目を担う。」

カメラを真っ直ぐに見据えて、正に直球の言葉を投げるのは
頭取としてのスズキ氏が去った後、その銀行を買収した
米系プライベート・エクイティ・ファンド運営会社のCEOだ。
新しく生まれ変わったこの銀行からの融資を受けられなかった
大手百貨店が、破綻に追い込まれたことは記憶に新しい。
「ほたるの光」が流れる中、▽と△を組み合わせたロゴの入った
シャッターが閉まり、その向こうにキッカリ45度にお辞儀をしながら
「最後の閉店」を行う従業員たち。震える口元まで目に見えるようだった。


「こっちにしてみれば、どっちもお客様なんですよ。
片方が利益になって、片方が不良債権になるから、
じゃあこっちには貸せません、貸しません、なんて
そんな風に言い切れることは一体誰ができるのか。
できるだけ救いたいんですよ。
だって時間をかければ立ち直る企業もあるんですから。」

あいにく「できるだけ救いたい」と言い切れるほど
ノンビリした経済の流れに身を浸しているわけではない実感があるし
政府系はともかく、民間企業は「お客様を救って」いる場合ではない。
むしろ少しでも救われたい時代である。

けれど、そう言い切るスズキ氏の元同僚の顔には
やはりスズキ氏と同様、何かが刻銘された表情が浮かんでいて
そこに私は自分が誇るべき日本の顔を見たと思う。
戦争を知らない世代の私であるが
彼らの顔はまさしく日本のために闘った日本人の顔であったと思う。

都銀の再編成が進み、公的資金返済が終わりを告げた今
銀行は新たなステージへの移行時期にある。
来年の今頃、自分の周りにあるのはどんな顔なのか。
そしてふと鏡を見つめたとき、自分はどんな顔になっているだろうか。
by akkohapp | 2005-06-02 02:21 | 花鳥風月