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空港にて

  ・・・アメリカン航空・・・便、東京行きのご搭乗お手続きを開始いたします


受話器の向こうからはいくつかの国の言葉で、ボーディング開始を告げる
アナウンスが聞こえる。

  attention please....passenngers....
  アメリカン航空・・・・ご搭乗・・・・いたします・・・・

ニューヨークJFK空港の様子が目に浮かぶ。
あの天井から光がたくさん差し込むターミナルで
彼はスーツケースを抱え、雑誌でも買って
携帯を片手に私とこうして話しているのだろう。

「昨日は」

大変だったんだ、と疲れた声でつなげる。

「姉が子どもたちとやって来て・・・
姉にはもうずっと長いこと会っていなかったんだけど・・・
お金のことばっかりだよ。
久しぶりに会っても、日本での生活について聞くわけでもない、
僕がどんな仕事をして、どんな人にあったのかなんて興味の対象じゃない、
とにかく、僕の後ろに透けて見えるのはお金だけで、
そうやって自分の人生の重石を、いとも簡単に僕に乗せる。
引越しを手伝ってくれるわけでもない、
僕の身を案じてくれるわけでもないけれど、
困るとそうやってやって来て、僕を悲しくさせる。」
結局、子どもたちのためにピザ取ったけど
僕は後で泣いてしまったよ。」


そんな風に言われてしまうと、
もう何も言えなくなる。

昨日電話が来なくて、出発の前夜なのに連絡がとれないことで
めいっぱい溜まっていたイライラを、どこに吐き出したら良いのか
分からなくなる。

私が対峙しなければならない問題とは
まったく種類が異なる問題にぶつかっている彼に
私はどんな役目を負うことができる?
役目をもらうことすらできないような気がする。

そこにあるのは家族というとてもミクロで内的な問題なのだが、
それを覆いこむように取り囲む様々なコミュニティーの問題
グループが抱える課題を多く知っているからこそ
もっと複雑な気持ちになる。

どうしてこんなに階段のステップが違ってしまうんだろう?
チ・ヨ・コ・レ・イ・ト、パ・イ・ナ・ツ・プ・ル
と一緒に一段目から始めたはずなのに
どうして遥か上の段にいる人と、まだ三段目くらいにいる人と
こんなに差が出てしまうんだろう?
同じ家族なのに。


受話器の周りがにわかに騒がしくなる。
搭乗時間だ。

「これからボーディングだから。」

「うん、わかった。
成田のゲートで会おうね。」


結局そう言って、電話を切った。

これから14時間のフライト、
あまりにもたくさんのことを考えすぎなければいい。
映画でも見て、ワインでも飲んで果てしない昼の空を
一気に飛び越えて東京においで。
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# by akkohapp | 2006-11-05 09:23 | 大切な人

Let's Go Get Them!

日本でサラリーマン生活を送っている私の生活のバランスを整えてくれているのは
やはり海外とのつながりで、サラリーマン生活が濃厚になってくればくるほどに、
私は国外とのつながりを、より強く求めるようになってきている。
通知不可能の着信や、NYとの時差13時間、
何故か広い東京の中で出逢う異なる言葉を話す人たち、
違う肌の色、
ダークカラーのスーツではなく、色とりどりの服に身を包む彼・彼女たちは
まるで緑黄色野菜みたいに私の東京での生活を豊かに彩る。

やっぱり、外に出たい。
少なくとも、こうして自由に内外を行き来できる環境に身を置きたい。
今いる場所は、ちょっと度の強い眼鏡のようで、
慣れてしまえばそこからも視界はなんとか見えるのかもしれないが
慣れない今はすべてが歪んで見え、ずっとしていると頭痛が止まらなくなる。

だからこそ、眼鏡をはずしたときに見える景色は鮮やかで、
楽しくて、少なくとも楽しそうに見え、ようやく焦点の合ったそれは
現実感を持って私に迫る。

歩みを止めずに、道を開拓しながら、目指すべき場所にたどり着く。
がんばれ、私。
がんばれ、みんな。
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# by akkohapp | 2006-09-23 01:26 | 花鳥風月

社会人歴5ヶ月半

気が付いたら9月も半ばを過ぎている。
キンモクセイの香りが涼しくなった空気の中に漂い始め、
騒がしかったセミたちの声もいつの間にか聞こえなくなった。

そんなことも、大して感じられないまま、
時間は過ぎ、秋は深深と進んでゆく。

社会人になってからの半年、
自分の弱さやネガティブな面をこれまでになく多く見た。
去年の写真と比べると、随分と自信のない顔をしているなと
電車から吐き出されてからふと映った駅の鏡を見て思った。

そんなところからこそ、学生の頃には見えなかった
周りの人間の表情がよく見えるようになったと思う。

家族でも、友達でもないのに、自分のために
惜しげもなく時間や労力を割いてくださる研修所の講師、
私服のスタイルすら知らないのに、いつも私を気遣ってくれる同僚たち、
寂しいなとふと思ったときには、なぜかいつもものすごいタイミングで電話をくれる友達、
みんな、すごいなぁと思う。
私は自分のことすら消化できずに、いつもアップアップしているので
それなりに自分の身を整えた上で、他人に心を払える彼らを
本当に尊敬してしまう。

4月から、私はどんどん変化していると思う。
あまり心地よい場所に自分を横たえることができず、
それは健康的な変化でないようにも思う。

けれど、学校から出てよかった。
社会に出るってこんなにも大したことで、
こんなにも広い世界の中に自分を置くということで、
こんなにも自由で、
こんなにもスピードが速くて、
こんなにも人と人のつながりが意味を持つということで、
こんなにも全体で、
こんなにも一人
なのだ。

経済学入門を途中でドロップした私が、
金融やらマーケットの世界にいるということだけでも
ちゃんちゃらおかしいのである。
ゼロが四つ以上付くと、いまだに一生懸命数えてしまうし
電卓を打つよりも携帯のメールを打つほうが速い。
それでも、やれFOMCだ、CPIだ、地価だ、と新聞を追いかけ、
日経平均を目で追えるようになっただけでも
大した進化じゃあないですか。

とにかく、これでいいんだ。
絶対これでいい。
私は必ず正しい人たちと出逢い、正しい道を歩んでいる。
そんな自信だけは、意味もなく常にあり、
それだけが私を明日へ明日へと動かし続けているのだと思う。

泣いても笑っても、社会人って絶対に面白い。
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# by akkohapp | 2006-09-23 01:13 | 花鳥風月
沖縄南部にある知念村を目指す。
高速を間違って那覇で降りてしまったので、一般道を南へと下るコースに変更したら
思わぬところで太平洋を一望できる絶景が目前に広がり、得した気分だ。
果てしなく続くサトウキビ畑と、それよりも広い青い空。
南には米軍基地のフェンスは見当たらないが
平地であるこの周辺は戦中、最も厳しい戦いを強いられた土地であったという。
多くの女子供たちが喜屋武岬から身を投げた。
そんな痛みや傷を抱えながら、優しい輪郭を海へと延ばし、
島は健やかに夏の中で生きている。

目的地である斎場御嶽(せいふぁうたき)は15世紀ごろに築城された
琉球王国最高の格式を持つ霊地である。
2000年に世界遺産に登録され、今でこそ駐車場が整備されているが
参道の外からそれを臨んでも、まずそこに祈りの場所があるとは
誰も気づくまい。
うっそうとした緑と、岩と一体化した幹に守られるようにその聖なる地はある。

たくさんの蝶が舞う。
緑、青、紫・・・
みな黒い縁取りの中に宝石の色をたたえ、
あるいはあるものはただ漆黒の美をたたえ、
二枚の小さな羽が空を泳ぐ。

自由な形を熱帯の空気の中に伸ばす葉の陰に、
聞いたことのない鳥の鳴き声の中に、
たくさんの蝶が舞っていた。
野生の蝶を、あんなにたくさん見たことはこれまでにあっただろうか。

蝶は死者の魂の変化(へんげ)であるという話は、どこで聞いたのだろう。

私たちは言葉を一片も交わさず、首からぶら下げているデジタルカメラに触れもせず
石畳の道を奥へと進んだ。
畏怖しかなかった。
ここに足を踏み込んでいること自体、
自分の身の丈に合ったことをしているとはとても思えなかった。
元来、この場所は王族の人間しか訪れることができない場所だったという。

間違いなくパンフレットの表紙を飾るだろうと思われる
三庫理(サングーイ)はもちろん圧巻であった。
地盤のズレから生じた三角の隙間には、
太平洋が全体で受け止める太陽の光と風が集まり
きっと「気」が色なんかで見える人がその様子を見たら
さぞかし色鮮やかな三角形が浮かび上がって見えるのだろう。
その隙間を通り、岩の向こう側に行くと、コバルトブルーの背景を持つ
祭壇が備え付けられている。
61年前、血に染まった過去など嘘であったかのように、凪いだ太平洋が眼下に広がる。
言葉を失くして、風景に見入っていると、また蝶が三匹、連なって飛んでゆく。
見られているのかな、
ふとそう思う。

三庫理が表の「気」の扉だとすれば、
寄満(ユインチ)は裏の「気」の集まり場かもしれない。
私がより強く惹きつけられたのは、うっそうとしたこの場所だった。
寄満は王宮用語で台所を意味するらしく、かつてはここで
儀式に必要な食べ物が用意されたのだろう。
より多くの蝶がひらひらと宙を舞う。

一般公開されていたのは、この寄満までだったが、
恐らくこの奥があるのだろうな、と思った。
そのくらい、その奥からは「気力」が伝わってきていた。
蝶の羽音が聞こえるんじゃないかと思うくらい、静かだった。
木の実が落ちるポツ、ポツ、という音が響く。

まだ、生きている。
ここはまだ「遺跡」ではない。
こういう場所はね、日が出てるうちに行ったほうがいいんだよ、
日が暮れてくると、ちょっとそういうのが強くなり過ぎると思うから、
そう言った友達のセンスを、正しいと思う。


後で調べて分かったことだが、この場所は長らく男子禁制の場所であった。
世界遺産に登録されるまでに時間を要した背景もそこにあるのだという。
一般公開をされるようになった後も、男性は参道の入り口で
着物の袂を女性がするように左前にしてから足を進めた、とのことだ。
特権を持った女性にだけ与えられた最高の礼拝所。
台所は女性性をもっとも顕著に象徴する場所であると考えれば
寄満に自分が強い何かを感じた理由もつくような気がする。

たくさんの蝶たちは、琉球の時間から厳かに舞い続ける
王家の女性たちの分身だったのかもしれない。

観光客が落としていった小さなゴミを少し拾いながら石畳を引き返した。
私たちが参道を出た途端に、突然風が廻り、晴れなのに雨が降った。
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# by akkohapp | 2006-08-04 16:23 | 花鳥風月

Honey Butter Sunset

ブルーの水に白い花が浮かぶ待ち受け画面が消えて、
着信を知らせる緑色の背景の中に彼の名前が泳ぐのが見える。
彼の方から電話があるのは沖縄に来てから初めてのことだ。
通話ボタンを押し、耳に電話を押し当てると
自然に弾んだ声がお腹の底から出てきた。

「もしもし?」

東京に戻るまで残り一日を控えた最終日の夕方だった。

大好きな友達は西日がめいっぱい差し込む部屋で、
睫毛に落ちる黒い影に似合うピアスを箱の中から探し出している。

東京から届く彼の声を、鼓膜で甘く受け止めながら
彼女が金色の細いフープを手にするのを見る。
つけっぱなしのTVからは、夕方のニュースが流れている。

私たちは汗だくになりながら南へのドライブから帰って来て、
氷がたくさん入ったルイボスティーを二人でゴクゴク飲み
シャワーを浴び、これから北谷のアメリカンビレッジに新作の映画を見に行く予定だ。

片手でワンピースの裾をいじりながら、自然とテレビの音を避けて
いつの間にかドアを開けて、部屋の外に出る。
その途端、風がスラっとノースリーブの肩にぶつかってくる。
アパートの三階の廊下からは、遠くに沈む太陽が見える。
地元っ子である友達が誇らしげにさらすチョコレート色のそれには
まだまだ敵わないが、たった四日間の滞在にしては結構がんばった。
すっかり夏色に染まった自分の肌を見つめながら
彼と話を続ける。

たいわいもない。
昨日つながらなかった電話の理由を一生懸命説明している。
どうでもいいのに、そんなの。
どうでも、いいよ。
流れるような彼の言葉は、いつの間にかビジネスの方向へ向かう。
ヘッジファンド、とか、ニューヨーク、とか。
この場所で聞くそれらの単語は、全部魔法の呪文みたいだ。


目の前では太陽が黄金の輪郭を誇らしげに揺らしながら
空の色を変えてゆく。
オレンジとブルーの組み合わせは、全然似合わなそうなのに
どうしてこんなにも一つになれるのだろう。
それは、コントラスト、対照、ではなく、ハーモニー、融和、だ。

私の声と、彼の声は、どこまで重なっているかな。

オレンジとブルーは、もっと深く混じり合いながら、
その一体感を段々と広げながら空全体を巻き込んでゆく。

声だけじゃなくて、もっと混じり合えればいいのに。

彼の言葉に「。」が付くのを待って、唐突に言う。


「今太陽が沈んでくよ。海の中に。私の目の前で。」

その様子を「バターが溶けるみたい」と呟いた時の友達の横顔の美しさを思い出す。

"Just like golden honey."

言ってみてから、頭の中にカラオケ屋なんかで出てくる、アイスクリームの乗った
ハニーバタートーストが香ばしい匂いを漂わせながら登場してしまって
しばし沈黙してしまう。
二人して沈黙を聞き合う。

「俺も、そっちに行ければよかったのに。
会いたいよ。
言わなかったけど、けっこーマジに会いたいよ。」

目を細めながら、ハチミツの上を流れてゆく言葉を聴く。

「明日、朝7時10分に羽田だって?迎えに行っていい?」

だって仕事でしょ、と言うと9時出社だから間に合うよ、とか言う。


ほどなくして、用意を終えた友達が車のキーをチャラチャラ言わせながら
ビーチサンダルでペタペタ玄関から出てきたので、
電話の向こう側に向かって、じゃあ明日ね、I miss you, too と言うと、
今日のハチミツ最後の一滴が海に飲まれた。
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# by akkohapp | 2006-08-04 11:05 | 大切な人

ありがとエンジェル。

何杯のソフトドリンクをお代わりしたのだろう。
テーブルの上は、グラスがかいた汗でかなり大きな水たまりができていた。

仕事が終わったのは8時を過ぎていて、
彼は1時間以上もファミレスで私を待っていてくれた。

「元気になるイベントがあるよ」

そう言って、薄いmp3プレーヤーのヘッドフォンを渡してくれた。
聞こえてきたのは、ミュージカル"Rent"の主題歌"Seasons of Love"だ。

「あぁ、懐かしいね!」

参加していた学生団体で、その年のテーマソングになった曲だった。

525,600 minutes, 525,000 moments so dear.
525,600 minutes - how do you measure, measure a year?
In daylights, in sunsets, in midnights, in cups of coffee.
In inches, in miles, in laughter, in strife.
In 525,600 minutes - how do you measure a year in the life?
How about love? How about love? How about love? Measure in love.
Seasons of love.

一年間は愛で測ろう!一年間の単位は愛なんだ、というメッセージの曲。

けれど、愛はどうやって測るんだろう。

落ち込んでいる私を気遣って、仕事の後にこうして待っていてくれた彼の優しさは
空になったジュースのグラスの数だったり
充血した目で笑って
「全然大丈夫だよー!」と言ってくれる声の明るさではかるのかな、
測れないな、と思いながら、待っていてくれたお礼を重ねて言う。

「いいんだってば!それより、これから、映画、見に行こう!」

その一言で、一緒に映画"Rent"を見に行った。

作品に登場する人物たちのカラフルさに、心が慣れるまでに少し時間がかかった。
そりゃそうだよな、いつも黒のスーツと白いシャツしか着てはいけない世界にいるのだから。
エンジェル、エイズとの闘い、ミミの孤独、そしてニューヨーク、
Rentの世界は、一生懸命そのときを生きることの大切さを教え直してくれる。

「今日しかないとしたら?明日死ぬとしたら?
キミはどう動く?どう生きる?誰と過ごす?」

元気で若い、少なくともそう信じている全世界の人間共通のテーマだ。

ほとんどの確率で、私は明日死なないけど、
100%の確率で明日という時間はあさってが来ると同時に死んでしまう。
なのに、自分はどこにいるんだろう。

朝の通勤電車の中で見たオーストラリア観光局がそこらじゅうに貼っている
"so where the bloody hell are you?" (意訳:「あんた、そこで何してんの?」)
というポスターを見て、突然泣けてきたのを覚えている。

どこにいるんだろう。何してるんだろう。


二時間半はあっという間に過ぎ、やっぱりエンジェルはエイズで死んでしまった。
けれど最後に暗くフェイドアウトしてゆくエンジェルの顔は、
女性的でも男性的でもない、人類的な美しさと高潔さを湛えていて、本当に美しかった。


お互い泣き疲れて、上映終了後は口数も少なく、東京駅まで歩いた。
夜が時空を変な風に曲げているようで、大手町が仮想現実のゲームの世界みたいだった。
駅に着くまでの間、何度となく映画の歌を二人でハミングした。


本物の優しさを持っているということは、とても強いことだと思う。
そんな優しさと強さに支えられてこそ、自分はヘナチョコになれるのかもしれない。

悲しいので泣いたんじゃない涙は温かく、夜は深く、
私は動き続ける自分の心臓と、喜怒哀楽の波とを抱えながら
ビルの向こうから確実にやってくる明日をまたちゃんと迎えられる気持ちになった。

ありがとね。
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# by akkohapp | 2006-06-25 02:36 | 大切な人

島歌論

私が長年住んでいたインドネシアは、
いわずと知れた島嶼国家であるが、インドネシアには
いまだに多く、「幽霊」や「精霊」、「魂」といった概念たちが生きている。
例えば、日本人を含め、外国人駐在者は現地でお手伝いさんを
雇うことが当たり前のことだが、そのお手伝いさんがある日突然
仕事を辞めたいと泣きついてくるので
その理由を問いただすと、「お化けがでるんです!!!」と
真剣に訴えてきた、という話を聞いたことが何度かある。

また、街中には"magic~"と何故か「呪文、魔法」を
意味する単語を頭につけた看板がある。
それらの店は、文字通り魔術を使って人生相談から
車の修理、はたまた歯の治療まで承ってしまうスーパー魔術屋である。
もちろん、車専門魔術店、歯治療専用魔術店、と分かれてはいる。
聞く話によると、車専門店では魔術と請け負っておきながら
商売内容は、神田うのが「へっこんだーらカーコン♪」とCMしている
あの車修理事業となんら変わりなく、ようするに
凹んだところが「魔法のように」きれいに直る、ということで
"magic mobile"であるらしい。
その道理で行けば、入れ歯の絵が描いてある看板の
"magic gigi(インドネシア語で「歯」の意味)」も
恐らくは「魔法のような仕上がりの」入れ歯ができるということなのかもしれないが
イメージが車より湧きにくいことは確かである。

これらの例が表すように、(?)
インドネシアは大都市ジャカルタにおいても
どこかに精霊や魂の存在が今も息づいており
それを人々が自然体で生活の一部にしている姿が見受けられた。
バリやほかの孤島に、体や心が弱っているときに安易に行ってはならない
というのも、心や精神のスキをついて悪霊が入り込んでくるからだ、と
真剣に大学時代のインドネシア語の先生にも忠告された。

このような精神信仰的性格は、四方を海に囲まれ、様々な潮流が交じり合う島国特有の
地理的条件からくるところが大きいのではないかと思う。
潮の流れに乗って、様々なものがやってきては交じり合うからこそ
多様性を柔軟に受け入れつつも、自分の心は真っ直ぐに保っていなければ
もって行かれてしまうよ、という忠告にも聞こえる。

バリの有名な伝説は、バロン(聖の象徴)とランダ(悪の象徴)が
島の周りをぐるぐると回りながら永遠に終わらない追いかけっこをしている
というものである。
他の宗教、文化に多く見られるような
善は勝利し、悪は敗北する、というスケールでは収まらず
善悪は常に共存しつづけるのだ、という理論が
非常にインドネシアらしいと思う。
常に終わらない葛藤を持ち続けていてこそ
人間じゃないか、というバリのメッセージである。


これらのインドネシアの性格を、照らし合わせたいのが
カリブの島々の性格である。
先日サッカーではトリニダード・トバコが旧宗主国である
イングランドに果敢に挑み、結果惜敗したが、
ハワードに留学して以来カリブに多く友人ができた。
これまで全く関わりがなかった地域からやってきた彼らと
自分がなぜこんなにも「クリック」しやすいのかと考えてみると
やはりこの「島的」共通項によるところが大きいのではないかと思うのだ。

時間の流れ方が、東京の半分のスピードで生きている彼らだが
とにかくおおらかである。
肌の色論やら、国家論やら、そんな差異化の根源について
多く知りたいと思ってきた人間にとって、
彼らほど異質なものを素早く受け入れ、また自分の一部として
吸収する人たちとめぐり合えたことは
大きなパラダイムシフトを生んだ。
「色んなもの、変わったものが同時にあっていいじゃない」
そんな彼らのスタンスが、どれだけ私を安心させただろう。

彼らと時間を過ごす中で、彼らが多く使う言葉の中に
「vibe」という単語があることに気付いた。
「初めて会ったときから、君からは良いvibeを感じたんだ」
とか
突然無口になった友達に、どうしたの?と尋ねると
「今あっちのほうでものすごい悪いvibeがした気がした」
とか、そんなシックスセンスな展開に慣れない私は最初ビクビクしていたが
彼らにとっては「別にフツー」のことらしい。
日本に帰ってきてからも、突然携帯にメールが来て
「大丈夫?」とだけ書いてあるから、
「うん、別に?なんで?」と返信すると、
「誰かが泣いてるからキミかと思って」と返事が来て
こっちまで心配になったりした。

なぜそんな感性的能力があるのかを尋ねたところ
「知らない。でも海に向かって自分を開いてると、自然にわかる」のだと言う。
「15歳くらいのころはその能力が際立って高まってしまって
眠れなくなったりして大変だったよ」
と友達の一人が言う。
オマエいつも寝てばっかで全然感性研ぎ澄まされてるかんじじゃないじゃないか!
と内心ツッコミたくなりながらも、なんだか笑い飛ばせなかった。

同じく島国ニッポン出身の私は
全くそんな能力が欠如している自分を省みて、
どこでそんな力を忘れてきたのかな、と思ったりもする。
元々太古の記憶として、どの人にも備わっている能力なのかもしれないが、
文明社会の中での生活の中で、いつのまにか洗い流されてしまうのか。

善も悪も、黒も白も、明も暗も、全て
そこにあるものとして受け入れ、
自分を両面から受け入れたとき初めて、
そんなvibeを感じる力を身につけられるのかもしれない。
資本主義が強くにじみ出る社会の中では
あれもこれも、とゴチャゴチャ言っている暇はなく、
与えられた画一性の中で高いパフォーマンス能力を発揮してゆくことこそが
vibeで感じるよりも確実な明日を掴めることだと信じられているけれど。

でも、忙しい生活の中でふと心が開く瞬間、
そんな時を見計らって、自分の奥底に眠る島力を磨きたいと思う今日この頃だ。
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# by akkohapp | 2006-06-18 02:20 | race and ethnicity

Many Rivers to Cross

同じお皿からごはんを分け合って食べたり
気が付いたら48時間以上一緒にいた、なんてことになったりするくらい
誰かと一度深くつながると、
例えその人と決して会わなくなったりしても
相手の破片がどこか自分の体内に残っている。

とっくに過去になっていたはずの、一緒に過ごしたその時間が
突然現在に蘇り、更にそこから思いもしない未来を運んできたりすることがある。


一年前の夏、ピンクのさるすべり木が植わる
新宿御苑沿いの道を、終電の時間を気にしながら
その日も二人駅まで歩いていた。
一つ目の角を曲がったとき。
白いガードレールの上に座り、私たちを眺めている人がいた。
夜の中に、長いドレッドヘアーと白いシャツが目立っていた。
通り過ぎるとき、彼が軽く挨拶を交わしたのを覚えている。

「友達?」と聞くと
「うん、新宿に唯一の本物ラスタファリアン」
と彼は少し笑って答えていたっけ。
「あの地下に、小さいけど良いレゲエバーがあってさ。」

新宿駅から歩いて大分かかるし、
周りは新宿御苑の静けさに包まれている。
こんなところにあるレゲエバーに、誰が来るんだろう。
そう思いながら、よく行くの?と聞いたら
いや、時々フラっと立ち寄るくらい、と彼も言っていた。
ふぅん、と相槌をうって、それっきり、
そこにレゲエバーがあることすら忘れていた。



ところが、なぜか突然そこにレゲエバーがあることを
思い出し、それと同時にもう足はさるすべりが植わる
あの道へ向かっていた。


記憶は確かだった。
一つ目の角を曲がると、赤と緑と黄色のラスタカラーの看板が出ている。
でもこんないちげんさんを入れてくれるお店なのだろうか。
不安に思いながら木の引き戸を開ける。
入り口のところで、中を伺いながらもじもじしていると
カウンターの向こうにいたボブ・マーリーのTシャツを着たおじさんが
おいでー、と手招きしてくれる。

とりあえずの飲み物も、なかなか決まらず
「えーーっと、いちげんさんにオススメのドリンクは・・・」などと
聞いてしまう始末だったが、
「ん~?甘いのがいい?強くないのがいい?」と
とても丁寧に対応してくれたので、とことん安心して
「甘くなくて強いのがいいです」
と答えたら目を細めてライムをギューっと絞った強いお酒をくれた。

それですっかり安心して店内を改めて見渡すと
見たこともないような巨大スピーカーが聳えている。
数えてみたらなんと12面もあった。
肝心の音楽は全てルーツレゲエなので
強い音は全くなく、ただただ優しくゆっくりな音がその巨大スピーカーの口から流れる。

これまたラスタファリアカラーに塗られた壁には、
色々なバンドや映画、レコード屋のポスター、イベントのフライヤーが
貼られている。
それぞれの壁を眺めながらわかったことだが
どうやらこのバー、新宿のこの地にオープンしてなんと今年で9年になるらしい。
かなりの老舗だったようだ。

マリブとパイナップルを割った二杯目を飲むころには
すっかり気持ちよくなって、壁のようなスピーカーに
椅子に座った上半身をもたれさせて、全身を耳にして音楽に聞き入っていた。
音楽をこんなに無心で聴いたのはいつぶりのことだろう。

「そうしていると気持ちいいだろう?」
最初なんと言ったのか聞き取れず、聞き返したら
ゆっくりと言い返してくれたのは
何故かウェスタン調のファッションに身を包んだダンディーなおじさん。
50代後半か。
ほんと、すっかりリラックスしちゃって、と答えながら目を覗きこんでみる。
毎朝乗る出勤電車の中なんかでは決して見られないような
余裕のある若い目だった。

「土曜日の2時くらいはこのフロアぎゅうぎゅうになっちゃうんだよ。」
8人しかいない店内を前に、そんなことを言う。
「あ、みんな俺のこと校長って呼ぶから。」
唐突な自己紹介にテンポを自然に合わせながら
え?校長ですか?何か学校でも開かれてるんですか?、と聞いたが
笑って首を振るだけだった。
テンガロンハットと、ルーツレゲエと、校長。
ダビンチコードどころではない謎っぷりも、
どうでもいい。


「仕事の帰り?」
そうやって声をかけてきたのは、フロアの真ん中で一人体を揺らしていた女の人だ。
蛍光灯の点った電車の中で、前に彼女が立っても
まずその外見と、レゲエを結びつけることは不可能だろう。
白っぽいワンピースと、黒いレースのカーディガン。
黒髪と少しぽっちゃりしたかんじ。
声は高め。40代前半というところか。

よく来られるんですか?と聞くと
「あはは、たまに踊らないと太っちゃうから!」と明るく答える。
生まれつきぽっちゃりした体型のひとなんじゃないかなぁと思わせるような
彼女が笑顔で言うのが可愛らしかった。
「ジャマイカは行かれたんですか?」
「うん、行ったよー。すごい良かった。行ったことある?」
いえ、まだないです、と首を振りながら
やはり彼女とジャマイカを結びつける線が見つけられず
そういうのもいいなと思った。


3時くらいに満員になるよ、という声に少し後ろ髪を引かれたが
結局終電で帰ることにした。
すっかり馴染んだ店内のオレンジ色っぽい暗さを心地よく着込んで
カウンターに向かって振り向くと、
「またおいでー!」といくつかの声が重なって帰ってきた。
なんて良いかんじのお店なんだろう。


こうして、素敵な場所とおもしろい人たちとの出会いを今夜運んでくれた
一年前の恋人に少し想いを馳せながら、
幸せな気分で終電が待つ駅への坂道を登った。
"Many Rivers to Cross"
坂の途中でジミー・クリフの言葉をふと思い出す。
人生の中で繰り返し交じり合っては別れてゆく川。
ゆらりゆらりと水面は揺れては流れ、
単調に続いてゆくレゲエの音のように何も変わらないように感じられても
生は確かに次の場所に向けて進み、流れているのだ。

Many rivers to cross and it`s only my will
That keeps me alive
(Jimmy Cliff)
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# by akkohapp | 2006-06-18 01:15 | Art& Music

Allure #15

白魚の腹みたいにやわらかな指が、私のあごに触れ、
くちびるの上で丁寧に、でも素早くブラシを動かす。

自分の年齢と同じ番号のものは、ちょっとピンクがかりすぎていて色が浮いた。
ひとつ年上のものは赤みが濃すぎた。
結局落ち着いたのは15番。
オレンジ色とブラウンが混じった穏やかな色合いで、
これならオフィスでつけても大丈夫そう。
でも、少し遊び心が足りないかな、と鏡を覗き込んでいると
おねえさんの笑顔と一緒に、ゴールドの光が混ぜ込められた魔法の杖みたいなグロスが
差し出されたから、この際まとめてお買い上げ。

小さな白地の袋に、黒く強く浮き上がるCHANELの文字。
しなやかに強く、心から美しくなくてはシャネルの力に負けてしまう。

ルージュと同じ名前のシャネルの香水を、数年前購入した。
特別な夜になるとつけてみて、男の人に「スパイシーな香りだけど、どこの香水?」と
聞かれるたびに、思いっきり満足しては
「教えない」と答えていた。
そんなやりとりをすることに少し大人の女性を感じて、酔っていたのだけど
そういう背伸びも、シャネルの魔法が助けてくれた。

最近泣くときは、やけにあっさりしていて、出てくる涙もとてもサラサラしているので
自分の涙は塩分が含まれていないんではないかと思うほどだ。
3分くらい無心で、文字通り涙に洗われた後はケロリとしている。
人に求めることも、あまりなくなった。
だからこそ、いただく優しさやあたたかさを一層感じられるようになった。

強く、明るく、潔く、目の前の道を歩けるよう。
少々の辛いことも、ちょっと泣いたらマスカラを塗りなおして、
そしてこの15番をくちびるにつけて、大きく笑おう。
シャネルの魔法に負けないように。
シャネルの強さを、味方につけて。

初任給で買ったAllureの15番は、
黒くなめらかな箱の中で静かに光っている。
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# by akkohapp | 2006-05-02 10:04 | 花鳥風月

はじめての金曜日

もう見慣れた景色には戻れないような気がしたけど、
オレンジ色の車体はあっさりと新宿駅に到着した。
体によく馴染んだ騒音、人波、ネオン、食べもののにおい。
その中に身を浸したら、ようやく体の奥のほうから開放感がゆっくりと染み出てきた。
一週間が終わった。
いろんなことがあったけれど、とにかく社会人としての一週間はちゃんと越えられたんだ。
そう思ったら、研修中には自分を逆さまにして振ってみても
出てこなかった「自信」が、一粒、金曜日の夜の中に心細く転がり出た気がした。

社会にある規制や規則、規律なんかは、
個人を縛れるほどの力など全く持たず、
明確に存在しているそれらを、
自分の中をスルスル流れる血液みたいに
スマートに体内に取り込んで、自分の個性を発揮してゆけばよいだけの話だ。
それでも、新しいものを自分の中に取り込んで
力にしてゆくまでの慣れのプロセスは疲れるものだ。
移植された内臓を自分の一部として、
正常に機能させるための期間であるはずなのだけれど
一企業の従業員になるということは
同時に、自分が移植される側となり、他人の体内に根付くということでもあって
自由奔放な学生にとっては
それはそれは大変な努力と辛抱が必要とされる。

よくアクションムービーなんかで見る
赤外線アラームみたいな、引っかかるとものすごい音がするような
色んな緊張のコードが研修所内には張りめぐされているのに、
それらが全く存在しない新宿駅は、全然ちがうものが
肩をぶつけながらすれ違っていて、自分が前いたところは
こんなところだったのかと驚いた。

そのまま一人で東京タワーが見えるところまで
地下鉄に乗った。
様々な言葉や文化、肌の色や価値観が交差点を渡る
あのバラバラなスピードの中で、私も勝手に歩きたかった。
適当に入ったところで、カウンターの向こうでハイになってるお兄さんに
スミノフをもらって、一人であっという間に飲み干して
しばらく爆音の中で動く人たちを階段の上から眺めた。
みんな、うれしそうに目を細めながら金曜日の夜の中を泳いでいた。

真夜中を目処に、赤いドアを開けて外に出ると
ビルと雲の間から、霞んだ月が見えた。
この街にいる誰にも見つけられていないくらい
おぼろげなかったけれど、ちゃんとそこにあった。

新宿駅に戻り、自分の家に戻るために私電に乗り換えると
酔っ払ったおねえさんが乗ってきて
自分の前のつり革にようやくつかまる。
薄ピンク色のトレンチコートに、
全然色が合っていないビニール製のかばんを抱え
整っていない前歯の間からしきりにげっぷを漏らしている。
シャツの間の首が苦しそうだ。
しばらくすると、どう見ても銀行員にしか見えない男の人が乗ってきて
これ以上寄せられないくらい両眉の間に皺を寄せて
彼女を見つめる。
携帯を取り出して電話をする彼女。
「あ、お母さーん?あのさぁ、生田駅まで車で迎えにきてもらえないか
お父さんに聞いてみて。
タクシーつかまらないと思うから。
うん・・・うん・・・そう。生田駅。うん。ごめん、ありがと。
じゃああとでまた電話して。はぁーい。じゃあね。」
携帯についている鶴のストラップが揺れていた。


電車は遅れたJRからの乗り換え客を待つために
10分くらい遅れて、12時45分に新宿を出た。

12年後、私はどこにいるのか分からない。
仕事をしているかな。
結婚しているかな。
子供はいるかな。
日本にいるかな。
わからないけれど、私は終電から親に迎えを頼むような35歳にはならない。

車両を見渡すと、金曜日の終電は
社会で働く大人の疲れた顔でいっぱいで
自分も少しそんな表情で、彼らと同じ風景を共有していることが
少し苦く、少し誇らしく、くすぐったかった。


無人の横断歩道で律儀に色を変える信号に向かって
家まで歩いたら、散り始めた桜並木の間から
さっき見た月がもう少しクリアに見えた。
心細い三日月だったけれど、
やっぱりそれは確かにそこにあって、
初めての金曜日の夜をさり気なく褒めてくれていた。
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# by akkohapp | 2006-04-08 14:16 | 花鳥風月