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Black Eyed Beauty

「ただいまー」

ようやく覚えたオートロックの暗証番号を押して
ドアを開けると
おかえり、と迎えてくれた彼。

昨晩したケンカの後遺症はまだあるかな、と
ちょっとうかがいながら、暑いね、いっぱい汗かいちゃったよと
部屋の中に入る。

赤坂見附のマンションに引っ越してきてから
もう一週間くらい経つ。
いつの間にか、丸の内線に乗ってこの場所に帰ってくることにも慣れた。

夕暮れになると、地下鉄を降りてから地上に出るまでの
地下道に星座のモチーフをしたブラックライトが浮かび上がり、
その下をいつも競歩の選手さながらに早足で歩きながら
マンションのドアを目指した。

今日もそうして、駆けるように帰ってきたから全身汗だくでハグもできない。

シャワーをまず浴びて、すっきりしようかなと思っていると、
「そのまま、そっち向いてて。振り向かないで!」
と背後から言われる。

何?何?と状況が読めず、あたふたとクーラーの方を見ていると、
パタパタと洗面所の方へ駆けていって、戻ってくる足音。
「振り向いていいよ」
の声で後ろを向くと、オレンジ色のカタマリが目の前にあった。

夏の色をいっぱいに吸い込んだみたいな花たちは
本当に元気で、それぞれの色でわーんと周囲に大きな笑顔を投げかけているようだ。

「昨日は、ごめん。」

嬉しくて嬉しくて、私も花に負けないような笑顔で
お礼をたくさん言って、仲直りをした。


「この花びん、持ってくるのに本当に苦労したんだよ。
ほら、ガラスがすごく薄いでしょ?だからずっと両手に持って運んできて
汗だくになって大変だった。」

そうやって笑いながら嬉しそう。
「インスピレーションで選んだんだーほら、この曲線がキミらしいでしょ。」

とても滑らかな曲線を、繊細ないガラスで描くその花びんは
幸せをたくさん活けられるような大きなもので、その寛大さが
私をとても安心させた。

ありがとう、ありがとうと繰り返して、
その花びんをシンクに置いて蛇口をひねる。


      -ガシャ


ガシャ??
少し斜めになっているシンクの中で、
それは傾き、無残に割れた隙間を水が流れている。

思わず声を上げると、彼も飛んできてうわぁ、と声を上げる。

一瞬にして、花の色が霞み、笑みが顔から消えてしまう。

運ぶの大変だったけど、喜ぶ顔が見たくて、とついさっき言っていた彼の声が
まだ聞こえるようだ。

追い討ちをかけるかのように
うむ、、、花びんが割れるのは、縁起が悪いって言うよね、なんて
意地悪なことを言う。

何度謝っても、割れてしまった花びんは元に戻らず、
永遠なる曲線はギザギザの欠片になってしまった。
初めての花束だったのに。

店員さんと親しげに言葉を交わしながら
花を選んでいる彼の姿や
迷った挙句、花びんも買うといって高いところにあるそれを
とってもらっている時の横顔や、
見てもいない絵がくるくる頭の中を巡って、悲しくなった。

ごめんね。


結局その後、お詫びの気持ちをこめて、
もうひとつ小さな花びんとカラーを二本買い、バスルームに置いた。

黄色いそのカラーはBlack Eyed Beauty。
花の奥に黒い斑点があるそれは、
なかなかエレガントに夏を演出しているようで気に入った。

割れてしまった花びんは元には戻せなかったけれど
その子たちが残りの私たちの夏を彩る花になった。


あれから、一年が経った。
仕事帰りに、ふと花屋の軒先をのぞくと、目が合った。
エレガントな佇まいの中に凛とのぞく黒い瞳。
一年ぶりの再会に嬉しくなって、薄黄のそれを二本買って家路に着く。

完全な曲線なんて全然描けないデコボコの私たちは
それでも一年という弧円をいびつに、でも確実に辿った。
それは想像もつかなかったスピードで、
割れた花びんのジンクスに捕らえられる暇さえなかった。

もっともっとたくさんの花を生けられますように。
あのオレンジ色の笑顔をもっと見せ合いられますように。

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# by akkohapp | 2007-08-09 20:35 | 大切な人

LOVEINGLISH 呼びかけ編

それぞれの言語には、それぞれのロマンスの度合いがあるらしい。

聞いたところによると、やはりスペイン語、フランス語、イタリア語あたりは
かなりロマンス度が高いとのことだ。
残念ながらこの3言語にしては、フランス語の「愛してる=じゅて~む」と
高校でフランス語をかじっていた妹がなぜかよくつぶやいていた「ささぺるおでん」という
もはや意味不明な二語以外、まったく話すことができないので
これらの言葉の愛深さについてお伝えすることはできない。

しかし、英語については少しだけ、この言葉をつかって
喜怒哀楽を表現をせねばならない場面を何度か繰り返すうちに、
僭越ながら多少なりとも、英語独特の親しいもの、日本語で愛っちゅ~と
ちょっとこそばい、そこんとこ表す表現も自然に会話に織り込むようになった。

今回取り上げたいのは、ズバリ、「呼びかけ」である。

「呼びかけ」

これは日常会話にかなり浸透度が高いため、普段は意識しにくいものだが
実はかなり奥深さがある。

日本の「呼びかけ」言葉のロマンス度はかなり低い。
サザエさんを例にとれば、マスオさんはサザエさんを「サザエ」と呼び、
それは波平が「サザエ~!」と呼ぶ、あるいはカツオが「サザエねぇさ~ん」と
呼ぶのにほぼ変わりはない。
波平にいたっては、フネのことを「かあさん」と呼ぶ始末である。

始末、と言ったって、これが日本の呼びかけ論である。
夫婦は名前で呼び合えれば上等、子どもが生まれてからも恋人の頃からのあだ名で
呼び合える夫婦は全夫婦像のうち、わずか30%に満たない
ような気がする。

そうや問屋が卸さないのが英語である。


まず日本人に馴染みのあるベタ路線第一線を歩むのが
"HONEY"
"DARLING"
何故か日本ではハニーが男性から女性への呼びかけ、ダーリンが女性から男性への
呼びかけとして使われることが多いが、ネイティブ的にはどちらがどちらに
呼びかけても良い。
しかし、この使用頻度というか、どんな人たちがどう使うかを具体的にイメージしてみると
あまり現代っ子たちの間ではメジャー選手ではない。
何故か私のイメージでは、白くて大きないかにもアメリカというかんじの家に住んでいる
70年代の白人カップル、とか、ちょっとおじいちゃんおばあちゃんっぽいにおいがするのだ。
言うならば一世代前のベテラン選手というところか。

この二選手よりも少し先行路線を走るのが
"SWEETIE"
この子とはよくお目にかかる。
街角で、お店で、学校で、郵便局で・・・
ありとあらゆるところで、幅広い年齢と人種、性別に関係なく人気者のようだ。

レジでおつりを受け取り忘れてそのまま立ち去ろうとすると
「ちょっとSWEETIE!あなたオツリ忘れてるわよ!」
学校で先生にミーティングの予約を取りに行けば
「ええ3時で大丈夫よSWEETIE」
もちろん恋人たちの間でも常套呼びかけ句として使われる。


続いて登場するのがBeautiful, Gorgeous, Handsome, Sexy軍団。
こちらの選手団はそのままやんけ外見形容詞群であるが
なかなか登用度、ロマンス度は高い。

街中で新しく可愛い服を着て歩いていると
「へ~いBEAUTIFUL、その服似合ってるよ~。」
女友達へのメールの書き出し、
「ハーイGORGEOUS,元気?」
愛しい夫を起こすとき、
「おはようHANDSOME、もう朝よ」
こちらの選手団は少し登用方法が難しいかもしれない。
以下すべて、セクシュアリティがストレートの場合の使用方法だが
なかなか複雑である。
BEAUTIFUL 女→女◎ 男→女◎ 女→男?
GORGEOUS 女→女◎ 男→女◎ 女→男?
HANDSOME 女→男◎
SEXY 男→女◎ 女→男◎ 女→女◎
これを誤って使うと、途端に自分のスコープ圏外のセクシュアリティを持つ人からも
アプローチを受けることになる。


ロマンス的登用度が最も高いのが
Baby, Babe, Babes等の赤ちゃん軍団。
「今日からあなたは私のBabyね」
「今日も素敵さBaby」
といった具合に、かなりロマンス的要素を包括するカップルのみに
使用が許されるこの言語、
Babe[ベイブ]と使うとよりこなれた感、
Babes[ベイブス]となぜ終わりにSを付けるのか全く持って意味不明であるが
なんとなくこちらも上級選手的サウンドが否めない。
また、Love, My Love等、こちらのラブラブ系も
先頭走者群を肩を並べて走る。そう、Lは大文字なのがポイントである。

さらに円熟系を行くのがDear, My Dear。
ここまで呼んでもらえるならば、もう行き着いたも同然である。
ゴールは近く、24時間テレビではそろそろZARDの曲が流れ出す。
友達なり、恋人なり、夫婦なり、どことなく深め合った結果の
あたたかく、柔らかな光がぽぅっと漂うようなその響きに
一種の憧夢さえ抱く、お~いぇすMy Dear...(エコー)

市内マラソンなんかではいつも最後に必ずコテコテに仮装した輩なんかが
大手を振ってゴールをし、みんなが拍手喝采、いや~今日も
良い走りが見られたね、なんつって笑顔で家路に着くものだが、
そんなかんじが番外編。
Cutie Honey Chocolate Sweet Pie with Whipped Cream with Cherry on the Icecreamとか、My Icecream Sundae with Chocolate Syrup and Honeyとか、My Lovely Hotdog with Super Deilcious Long Sausageとか、
あ、すみません、途中から中国並みに捏造しましたが、別にエッチなことを考えていたわけでは全然なくて、そんなんじゃなくって。





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人種番外編では何故かラップの曲なんかには女の子をSHORTIEと
表現したりすることがよくある。
これは男の人から見て大抵女の子の方が小さいから、ということらしいが
なぜそんな風に言うのかと聞いた男の子の友達が自分よりも背が低かったので
非常に気まずい思いをした。

最近ではヒップホップの音楽で女性をBITCHとかHO(売春婦)
などと呼ぶような内容の曲が多く、ヒップホップの巨匠たちは
そんな空っぽになってしまったヒップホップ界の現状を嘆いている。
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# by akkohapp | 2007-08-05 23:04 | NYC, USA

Dear Messenger

ひょんなことから、まだ寒かった4月の新宿御苑のお花見でお会いして、
名刺を交換した人と、彼の持っている不動産の話をするために会うことになった。

皇居の周りの柳が、暑さでしょんぼり萎れるような午後、
帝国劇場の地下街にあるとても美味しいウナギ屋さんで待ち合わせて
お互い、この人だっけな・・・とちょっと確認し合いながら
ほぼ初対面の趣の再会を果たすと、ぎくしゃくと不動産の話をした。

ウナギは尾を少し折らないと箱からはみ出るくらい大きくて、
そこに白木の箱に入っている山椒をふってみると
ふんわりとした身から、はちみつを使っているというほんのり甘いタレが
湯気を通じて顔中の毛穴から香ばしさを伝えるようだ。

あんまりウナギが美味しいのと、
多分お互いあまり不動産やお金のことについて話したい人間ではないことに
早々と気がついたからだろう、ウナギをひとしきり褒めあうと
話はなんとなくお互いのことに移った。

今はもう2社目の金融機関で働いている彼から
全くハードコア金融人の臭いがしないので、
以前から金融のお仕事をされていたんですかと尋ねると、
ぷっと吹き出して、全然、と笑顔で答える。

「天津甘栗、って知ってる?」

「え、あ、はぁ、あの駅前で売ってる?」

「そう、あの駅前で売ってる。」

子どもの頃、冬になると、お母さんがおやつに買ってくれた
黄色い文字が書かれた赤い袋に入った可愛らしい栗を思い出す。

「あの、栗をね、僕、売ってたの、アメリカで。」

アメリカで天津甘栗を見たことがなかったので、驚いてしまう。

「オヤジがやってた仕事で。小さい商社でね。で、オヤジが死んだから
僕が継いだんだけど、それはもう大変だったよ。」

「栗だよ、栗。でも栗っていっても奥深くてね、やっぱり素材が
大事だから鮮度を保たないといけないんだけど、微妙な冷蔵温度とか
本当に大変。栗も生ものだから。」

そうして、その人は真剣な目をして、いかに天津甘栗の命となる
栗を選別することが難しいことかを、さっきの不動産の話の50倍くらい
情熱的に語った。

「色んな事があって、結局シカゴにある店をたたむことになったけど、
やっぱり辛くてね。いつまでこんな状態にあるんだろう、
これから自分はどうなるんだろうと途方に暮れてたよ。
最後に、店のシャッターをガラガラって下から開けて
自分が外に出てくるとね、シカゴの真っ白な月が見えるんだよ、
ちょうどそのシャッター上げた辺りに。
そうすると、突然理由もなく涙がボロボローって出て来たりした。
あの冬の月、忘れられないなぁ。」

言葉を紡ぎながら、ついさっきその月をとらえたみたいな
きれいな目をするので、こっちもなんとなく目の辺りがじわんとした。

「そうやって、ずっと自分じゃ抱えきれないような不安要素を持ったまま
走り続けたけど、結局もう一度自分を建て直そうって決めて、
大学院に行って。それで日本に帰ってきて、今はこうして仕事もあるし
ハッピーに暮らしてる。
やっぱり根幹は、五体満足で、毎日をキチンと織ってゆける仕事があって
食べて行けて、ってそういうことだから。

辛いこと、嫌なことっていっぱいあるけど、それを繰り返して
その先に自分なりに達成感とか、喜びがあるならいいと思う。
僕もあの日々があったから今の自分がいるって思う。
みんなそう言うでしょ、辛いことがあるときに、一番成長するって。
でも、やっぱり人間だから、ずっと自分のことを認められないような状態に
置いておくのは、良くないよね。

本当に嫌なことなんて、本当はなくて、それは自分の心の次第だけど
どうしても先が見えないようなら、やっぱり自分がやりたいこと、
自分が好きな事を、やりたいだけやらなきゃね。
長くそこに居続けて、それをやり続けても、ハッピーに思えないのは
神様が『それはもうやらなくてもいいよ、好きなことやりなさい』って言ってくれてる
サインなんだと思う。
だってくすぶってばっかの時間を長く過ごすには人生は短すぎるよ。」

最後の文章は、いかにも英語を日本語に訳したみたいで
可愛らしいなとか思ったけど、彼とその日、突然ウナギを食べたこと自体が
他の何でもない、神様からのメッセージだなと思ったので、
そう、伝えた。

そうやって、突然交わる人生の線と線には
きっと必ず何かの意図があって
そんな隠れたメッセージを大切に、自分の人生は色を織り成してきたなと思う。

さんきゅー神様、素敵なメッセージ、そしてウナギを。

私達は、うんうんと肯きながら、デザートに出てきた
半分凍ったライチを指で弾きながら、
今度はみんなを誘ってビアガーデンでも行きましょうと
ちょっと夏らしい企画をしてから
混んできたお店を後にした。
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# by akkohapp | 2007-08-03 22:37 | 花鳥風月
アメリカのオハイオ州の片田舎で6月に起きた妊婦失踪事件
事件発生から約一週間で最悪の結果と共に幕を下ろした。

26歳であった被害者のジェシー・デイビスは
失踪当時妊娠9ヶ月で、報道機関は一斉に
"Missing Mom"の事件の追報をBreaking Newsとして報道し続けた。

未婚であった彼女には、既に事件発生当時2歳の息子がいたが、
唯一の事件目撃者であった彼が
"Mommy is crying." (ママは泣いている)
"Mommy is in the rug." (ママは絨毯にくるまれている)
とだけ繰り返し語ったこと、
そしてかなりの数の地元住民がボランティアとしてジェシー発見のための
捜査に加わったことが、マスコミに大きく取り上げられた。

結局、1週間後、彼女のボーイフレンドであった
ボビー・カッツが殺人容疑で、
またボビーの高校時代からの友人、
ミーシャ・ファレルが死体遺棄容疑で逮捕された。

私が驚いたことは、事件発生直後からテレビに出ずっぱりであった
被害者家族の会見である。

日本なら、被害者家族はなるべくマスコミから顔を隠し
容赦なく照らしつけるカメラのフラッシュや
インターホンの嵐に耐え、世間から自らを隔離しようと
必死になるところである。

ところが、この被害者女性の家族、特にその母親のプレゼンスたるもの
ものすごいものがあった。
捜査の途中も、我が娘がどれだけ素晴らしいか、
どれだけ正しい道を歩んできたかを堂々とテレビカメラの前で語り
日に日に疲労がたまる顔のまま、毎日毎日全米に映される画面の中に姿を現した。
そして、いざ遺体が発見された後も、夫、被害者の妹と共に3人で記者会見に臨み
自分の心情について、とうとうと語った。

「あの子は、ただ毎日を普通に過ごしていました。
思い出すことは、あの子が仕事を終えて、彼女の息子を保育園からピックアップして
家へ戻ってきてから・・・そう、そんな何気ない一日の終わりに
テレビの前で足をパタパタさせながら、その日あったことを笑いながら
話す姿・・・そして明日も早いからといって9時には寝てしまうような
そんなあの子の姿です。
そんな自分の子が・・・あぁ、ごみ置き場のところであの子が着ていた
モヘアセーターのピンク色を見つけた時の気持ちといったら・・・
表現することなどとてもできません。」

時折嗚咽しながら、とても表現豊かに遺体で発見された娘の事を語る
被害者の母親の姿に、私は唖然としていた。

そんな被害者家族の姿を、日本のテレビの中で見るのはまず不可能な話である。

「容疑者としてボビー・カッツ・ジュニアが逮捕されましたが
どう思われますか。あなたは最初から彼が犯人だと思っていましたか」
という記者の問いには
「私は彼が犯人ではないことを祈っていました。
このような結果となってしまったことはとても残念です。
私はただ神を信じ、神が正しい審判を下してくださると信じています」
と強い口調で答えた。


様々な記者からの問いに、自分の言葉で答えるこの母親の姿に
私は最初とても心を打たれていたが、次第に混乱してきた。
我が子の死体が発見されたその日に、こうして大勢の人の前で
その心情をとうとうと語れる母親の気持ちを、
自分の中で投影できていないと気づいたからだ。
自分の中でもまだ混乱し、大きなショックを受けていながら
「世間」にどんな言葉を発することができるというのか。

しかし、don't give a damn to 「世間」、あたしにゃあたしの言い分があるのよ!
というアメリカ的マインドがあってこそ、こういう記者会見ができるのかと思うと
その堂々とした姿勢に感心をする一方、
どこか敏感さがないようなアメリカ的ナイーブさに驚かされた。

後になって知ったが、アメリカではこうして被害者が捜査の全面に出てくることは
当たり前のことだという。
皆それぞれ思うこと、感じる事をそのままに伝え、涙を流し、
カメラは恐れるものではなく、使うものなのだという。
メディアを通じて捜査が発展することもあれば、錯綜することもあるが
大切なことは、あれだけ大きな国土の中で、
より多くの人の注意を引き付けることなのだろう。

これは少し極端な見方だと思うが、
事件の凄惨さや残酷性を是非本として出版しましょうという話や
映画にして後世に残しましょうという話が方々から飛んできて
お金持ちになれるから、という意見もあった。

悲しみまでにも資本主義が根を張る国である。
いや、混乱の中にあまりにも理不尽な悲しみが多いからこそ
せめて金くらいとってやる!という気持ちになるのかもしれないが。

アメリカである。
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# by akkohapp | 2007-07-29 20:57 | NYC, USA

鳥人間の生い立ち①

私の勤める銀行のある街、五反田は愛すべき街である。

山手線を渋谷方面から乗り、昭和を乗せて走るレトロな池上線が
乗り入れる駅に到着する直前、目前に広がるのは
ホテル群、そしてド派手な「制服・コスプレ・ランジェリー」の看板で
ご丁寧にその看板の裏にはキチンとショーウィンドーに沿って
それら三点が並べられている。

私の朝は、まずその三点を目の中に収めることから始まるわけだが
駅の改札を抜けて、東口に出ると、そこに待ち受けるは
ブラジル人の行列である。
最初は何事かと思ったが、何のことはない、
近くにブラジル領事館があり皆さんはそこでビザの申請を行うために
朝7時代から行列を作るわけである。
(このブラジル領事館の入っているビルの中には
ブラジリアンマーケットがあり、一歩踏み込めば
ポルトガル語の雑誌や新聞、色鮮やかなブラジルのお菓子やチキンなんかが食べられる。
日常からのトリップにおすすめである。)

どんなに爽やかな朝も、路地裏からは夜勤明けのホストが
よろよろと朝の太陽の中をよろめきながらお出ましになり、
オフィスの裏のパチンコ屋は肉感的な看板をド派手に打ち立てており、
その隣の風俗店紹介所では今日も新人アルバイトの面接が
途切れなく行われている。
銀行で働くよりも、ビラに書かれているその時給がはるかに高いことは、
言うまでもない。

少し歩けば、皇后美智子様が通われた清泉女子学院があり、
白金高輪までもそう遠くない五反田だが、
ゲトーな雰囲気満点の駅前、
その泥臭さ、生臭さは最近開発が進む六本木などとは
かけ離れたレベルで腐っている。
バナナで言えば、熟れたところをとっくに通り越して
かなり、黒い。
フグで言えば、かなり、毒が強い。

けれど、黒いバナナは甘いのだ。
毒の強いフグほど、舌の上でぴりぴりして、旨いのだ。

鳥人間は、そんな五反田に生きている。
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# by akkohapp | 2007-05-16 23:58 | 花鳥風月

880919810296035

会社から帰ってきて、ようやく部屋に着いたそのとき、
携帯の画面2列になった長い番号で着信があった。
880919810296035?

とっさに、国際電話だと思い
はろ~?と出ると、聞きなれない声。
アジア風のなまりで、Is this Ms.Togami?とくるこの男、何者?
いえ~す?と答えると、受話器の向こうから名乗るその名前、
大学時代からの友達ではないか。

びっくりしすぎて、そのまま英語でどこにいんの?!と聞くと
思いっきり日本語で
「今ねーダッカにいる」

ダッカって・・・どこだっけ・・・


マイクロファイナンスのグラミン銀行で一躍有名になった
バングラディッシュからの電話。
出張中の彼の声は、久しぶりでもとても懐かしくて、
そちらの様子を活き活きと語るかんじが
子どもみたいでちょっとかわいらしかった。

でも、そんなことを言っては失礼なくらい
しっかり立派な社会人として、そうしてバンバン海外でビジネスをしているのかと思うと
友達のことなのにとても誇らしく思えた。

海外にいて、ふと思い浮かんだ日本にいる友達に
思わず電話をしてしまうことは、私にもよくあるので
そんな誰かの気持ちの中に自分も少しでも入れたのかと思うと
うれしかった。
海外に一人いて、なんとなく誰かの声を聞きたくなったり、
手紙を書いてみたりすることって、ある。


帰国したら会おうねと約束して電話を切ると
ちょうど洗濯物が仕上がって、洗剤の良い香りの向こう側に
まだ学生だった頃の友達の懐かしい笑顔が見えたような気がして
明日への元気が湧いてきた。
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# by akkohapp | 2007-05-16 23:38 | 花鳥風月

祈り

久しぶりに密度の高い映画を見た。
アカデミー賞では外国語映画賞を受賞した
南アフリカの首都ヨハネスブルグを舞台にした「ツォツィ」である。

主人公の少年ツォツィ(不良という意味)は、
仲間にも自らの名を明かさず、盗みや殺人をしながら
スラムで生計を立てる。
そんな彼が盗んだ車の中から見つけたものは
生まれたばかりの赤ん坊。
赤ん坊の瞳に引き寄せられるかのように
その小さな命を紙袋に入れ、自分の家に持ち帰ることを決めてから
ツォツィの内面には小さな変化が起こるようになる。

初めて見るヨハネスブルクの町並みは、
長年住んだジャカルタのそれとよく似ていた。
街路樹には火炎樹が植えられ、駅前には揚げ物の屋台がひしめく。
突然のスコールに、人々はたじろぎもせず平気で濡れながらのんびり歩く。
ただ、ジャカルタと大きく違うのは、町中にあるエイズの看板だ。
「私たちは皆エイズに感染した エイズ患者への支援を」
そんな黄色い看板が、このアフリカの急成長都市の街角を飾る。
主人公の少年も、母親をエイズで亡くした過去を持つ。

ひとつの純粋な生を通じて、少年が自分の心の中に変化を見出してゆく過程は
時にとても荒っぽく、そして時に言葉にならぬほど繊細に描かれている。
貧困の中に見る感情は、いつも濃い味だと思う。
絶望も優しさも、声にも出さず目の色の変化だけで見事に表現する
役者たちの演技に心を奪われた。
アフリカの人々が持つ「兄弟」の絆や、それらを分断する貧富の差も
顕著に映し出されていた。

途中何度も席を立とうと思うほど、個人的に見ることが辛い作品だった。
けれど、最後まで見て良かった。

おすすめです。





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# by akkohapp | 2007-04-19 23:14 | 花鳥風月
バージニア工科大学で起きた無差別射殺事件は、アメリカ社会に大きな衝撃を与えた。
半分時間が止まっているようなバージニアの片田舎で起きた悲惨な事件に胸が痛む。
アメリカの学生の多くが登録しているSNS、フェイスブックでは
瞬時に個人のプロフィール写真が「VT」(Virginia Tech)の文字に
黒いリボンがあしらわれた犠牲者への追悼マークに変わり、
様々なコミュニティーで追悼集会が行われている。
9・11後、アメリカ社会はこうして瞬時に痛みを共感し、
慰めあう精神が高まったように思う。

32人を殺害した容疑者は、
NBCに送ったビデオレターの中で煮えたぎるような怒りと絶望感、
そして孤独をあらわにしている。

「お前たちは屈辱される気持ちが判るか。
十字架の上にはりつけにされて、お前たちの享楽の為に血を流す苦しみが判るか。
お前たちは人生のうちでそんな苦しみのひとかけらさえも味わわなくていい。」

92年にアメリカにやってきたたった23歳の韓国人の若者が
内に抱えていたものは何だったのか。
32人を殺害するまでに彼を駆り立てた怒りの元はどこにあったのか。

深淵からその暗黒の底を覗き込むことなど到底できないと思うが、
常に劣等感を抱えながら、ネイティブスピーカーの同級生と距離を感じながら
高校生活を過ごした自分には全くの異質なものとしては捉えられないような気がする。

スポーツが得意な学生が人気を集める、
男女のつきあいかた、距離感に違いがある、
英語が母国語ではない、
授業の中で思うことを思うように伝えられない、
日本人コミュニティーの中にある閉塞した人間関係、
例を挙げればキリがない。
自分の存在感を失うこと、存在意義だなんて難しいことでなくてよいけれど
やはり自分が自分だけが持っていると信じる個性を発揮できない場所で
長く生活することを通じて、どれだけ自分に対する信頼を失っただろう。
そんなちっぽけなことに言い訳を探して、真正面勝負を挑むことすら考えずに
高校時代はひたすら負け犬、loserだったと思う。

それでも私には私をそのまま受け入れてくれる数少ない場所があり、
そこでダラダラ鼻水を流して泣けたことが、自分を救ったのだと思う。

今回の事件を引き起こした容疑者は、
英語もネイティブ並みに話せているし、長いアメリカ生活の中で
アメリカの生活習慣や文化にもかなり順応していただろう。
しかし、その長い時間の中で自分を自分として、
男性として、
韓国の歴史や文化を持つ韓国人の一面や、
その感性や人間性を
理解し受け入れてくれる土壌を見つけられなかったのだろう。

その一方で、アメリカ社会の底辺を常に流れる下水道のような
人種差別や拡大する貧富の差が
個人の中ではもはや飼いならすことができないような怒りをつくり、
それが彼を殺戮犯というモンスターに変えてしまったのかもしれない。

外国人であるところ、
女性から男性として認識されなかったところ、
社会への不満や怒り、
そして閉鎖された学校社会、
要因として挙げられる要素は多くあるが
私にはこの事件が、ただ女性にトチ狂った若者の暴走であるとは捉えられない。

その影には、異国の地で自分と違う文化と対峙しながら、
必死に自分を確立しようともがくたくさんの若者の孤独が見えるような気がする。


どのような理由にせよ、多数の無辜の命を奪った罪は許されない。
犠牲者のご冥福を心からお祈りいたします。
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# by akkohapp | 2007-04-18 23:52 | NYC, USA

         いち

自分の内外にまったく違う世界を抱えながら毎日を過ごすようになって
そろそろ1年が経つ。
この感覚はなんというのか、
淡水の中を泳いでる魚の腹の中が海水というか、
体にくっついている物理的な目と
心にくっついている内的な目の見ているものが違うというか、
そんなかんじだ。

最初はどちらの水の中で生きるのか、
どちらの目で見るものが視野なのか判らず
どっちの水も腐るし、
どっちの目で見るものも幻想に思えた。

エラ呼吸と皮膚呼吸を両方行うみたいな
ものすごい偉業を遂げたわけでは決してないが
それでも一年ダブルスタンダードの中で呼吸をし続けて
ようやくステップになってきたのかもしれない。
そして、二つの世界がつながるポイントを
少しだけ把握できるようになったかもしれない。

数えることを始めるとしたら、ようやくここから
「いち」と数えたいかんじだ。
これまでは、全部その「いち」を言うための
深呼吸をしていたのだと思えばいい。



そんなことを思えるようになったから
新しい服を買って、髪形を変えてみたら
どエライ恥ずかしさ。
オマエ誰じゃ。。。
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# by akkohapp | 2007-04-15 21:58 | 花鳥風月
夕暮れの駅で、小さな子どもがお母さんの手をつないで

「いいな いいな にんげんっていいな~♪
おいしいごはんに ぽかぽかおふろ あったかいふとんでねむるんだろな♪
ぼくもかえろ おうちへかえろ でんでんでんぐりがえって ばいのばいのばい♪」

と『日本昔話』のエンディングテーマを歌っているのを聞いた瞬間。


おねえさんもおうちへかえりたいよぉ~
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# by akkohapp | 2007-03-03 17:45