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<   2007年 08月 ( 5 )   > この月の画像一覧

彼はいつも、ワイングラスを丸く包み込む時の手つきで、私を扱う。
とても上品な手のしぐさが、最初会ったときから好きだと思った。
ユラユラとグラスの中で揺れるようなワインのような気持ちになりながら
小さな頃に母親に撫でられたときの記憶を取り戻す。
そう伝えると、小さく笑って「じゃあお母さんにもなってあげる」と
やさしい目で言った。

Grand Central駅構内にあるワイン屋で買った白ワインは
鳥カゴの中にオレンジ色の金魚が入っているオーストラリア産のもので
果物っぽさがとても美味しくてあっという間に空けてしまった。
マスカット色の透明の水を、ゆっくり揺らすグラスを包む手。

いい年なのに、面白いくらい感情を揺らし合うこのつながりを、
心から愛おしく思う。
いい大人が、2人して他愛ないことで口ゲンカを繰り返し
それでも求め合う求心力を、心底大切にしている。


Coney Islandでは、レトロを通り越して、ちょっと怖いくらいの遊園地で
グルグル猛スピードで回る観覧車に乗った。
例のごとく、何かで口ゲンカをしていたので、
私が10ドルを出して、高すぎるよとボヤく彼を半ば強引に赤い鉄格子の箱の中に押し込む。
ユラユラ揺れながらてっぺんまで上ると、左手には大西洋、
右手にはブルックリンのプロジェクト群がそびえ立つ。
その向こうに見えるのがマンハッタンをつなぐブルックリンブリッジだ。

キャーキャー叫びながら、仲直りをした。

海沿いに並ぶ売店で、Salt Water Taffyを買う。
キャラメルを長くしたみたいなカラフルなそれを、flavorを探り合いながら
口の中に放り込む。
バナナと思ったらレモンで、
ミントと思ったらシトラスで、
何だか人と人の出逢いのようだ。

大西洋沿いを、強い潮風を受けながら歩く。
彼はもう4コ目のtaffyを口にほおばっている。
プロジェクトの合間にある公園では、ハンドボールに興じる若い人たちや
イタリア語でおしゃべりに花を咲かせる老人たち、
浜辺ではしゃぐ黒人の学生たち、
様々な人種がゴチャゴチャに交じり合いながら、ゴチャゴチャに色んなことをして
晴れた午後の時間を刻んでいた。
それぞれの人たちを観察しながら、いろんなことを言い合い、
ケンカをしたことなんて嘘のように、手をつないでデッキの音を鳴らしながら歩いた。
時々あどけない顔で笑う顔が、少年のようで、私も子どもみたいに笑う。
海辺では、誰もが優しくなるのかもしれない。

ロシア語らしき看板を掲げたレストランを見つけ、
気がつくと周囲の人たちは皆寒い大陸の言葉を話している。
こんなところにロシアの人たちのコミュニティーがあったんだ、と驚く彼。
一緒に新しいものを発見すると、とても嬉しくなる。
海辺から離れ、街のほうに向かって歩く。

どこの国の言葉か分からない色とりどりの看板にあふれた街は
夕暮れの買い物時とあって活気付いている。
ユダヤ教会、シシケバブ屋、ダンキンドーナツ、ロシアンマーケット・・・
カラフル街角に、Beautifulを連発する彼。
こればっかりは、ニューヨークじゃないと味わえないね、と繰り返し言う。
本当に、その多様性は美しい文化のパズルだ。

彼の手を引き、入ったベーカリーは、ロシアにあるそれを
そのままcutしてブルックリンのその一角にpasteしたよう。
想像もつかない味を、美味しそうに魅せているパンの間を
二人興奮気味に見て回った。

何種類もあるピロシキの味を尋ねようと、
これは?これは?とキャッシャーに座っているおばあさんに聞きまくると、
最初の2個は答えてくれたが、その後は呆れた趣でこちらを見た。
床の上では、ロシア美人みたいなしなやかに美しい猫が、
セクシーに横たわっている。

ようやく選んだいくつかのパンを、奥のテーブルでコーヒーと一緒にいただく。
おばあさんは、何故か結局私たちを気に入ったとみて、
わざわざ丁寧に豆から挽いたコーヒーを淹れてくれる。
あまり英語が通じないので、こちらも日本語、英語とゴチャゴチャにお礼を言う。
ありがとう、とかおいしい、とか、そういうシンプルで
あたたかな人間の交わりは、いつも簡単に言葉の壁を突き抜ける。

二人して興味津々に店内を観察しながら、パンをかじる。
当たり前のようにおいしい。
ひっきりなしに入ってくるお客さんは、それぞれに違う肌の色、違う言葉を話しながら
活き活きとパンを選び、カウンターへ運ぶ。
誰にでもロシア語で対応し、全く同じトーンでテキパキとパンを売るおばあさんの
プロフェッショナルっぷり、かなり格好良い。

接客に追われるおばあさんに、もう一度お礼を言い、
また手をつなぎ、店を出ると、
マンハッタンへ戻る汚い地下鉄の駅の階段を駆け上った。

Brooklyn, Brooklynという彼の歌声に、私の笑い声が重なる。



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by akkohapp | 2007-08-22 21:16 | 大切な人
サブプライム問題という火種を抱えたアメリカクレジット市場の暴発は
世界中のマーケットに大きな影響を及ぼした。

日本国内の景気回復のあおりを受けて、4月からじりじりと
1万7千円台から8千円台へと上昇を続けていた日経平均は
8月17日の終値で15,723円をつけ、前日比-874円の大暴落、
紙面には「ITバブル崩壊以来の下げ幅」との見出しがおどる。
円は17日、一時ドル対比111円をつけ、一ヶ月前に122円で
ふぅふぅ言っていたのがバカのようだ。

18日にはFRBが公定歩合を急遽引き下げ、
市場の混乱はようやく収束に向かいそうだ。

ところで、今回の世界同時株安の発端となったサブプライム問題とは何だろうか。

プロパーの金利で貸し付けるプライムローンに対して
本来ならクレジットを付与できないような
低所得者に対しても、高金利で住宅ローンの貸付を行うのが
サブプライムローン(Subprime lending)である。

そもそも今回一連の市場混乱は、
高い金利で住宅ローンを借りていた所得の低い返済者が
返済不履行に陥り、それが顕著化したことが発端となった。

その結果この住宅ローンのリスクを抱え込んで
運用を行っていた多くのファンドが破綻に追い込まれたり
格付けを下げる結果となり、市場の混乱を招いた
と要約することができるだろう。

やれベアスターンズだ、BNPパリバだ、と
混乱の中にも何だかカッコイイ「金融機関」の名前が連なったが、
そもそもこの住宅ローン返済不履行に陥った「人」は誰なのだろう?

相変わらず市場にはイマイチ人間の顔が浮かんでこない。

少し調べてみれば、世界市場を震撼させたこの問題も、
根底にあるのは、アメリカの深い貧困と資本主義の根が絡まりであり、
そこには常に生々しい人間の顔があることがわかる。

サブプライムローンは当初の返済額を減少させることで
住宅の購入を容易くし、
1990年代の半ばにアメリカでの住宅ブームを加速させた。
しかし、この貸付は当初期間経過後に返済額が急増するので
一定の収入がない低所得層にとっては、極めてリスクの高いローンだった。
それでも、加熱する住宅ブームの中、移住して間もない移民や、
低所得層に対しても、クレジット格付けをほぼしない
No Doc Loan(書類審査のない貸付)が半ば強引に行われ、
その結果そもそも返済能力のない低所得層が返済不履行に陥ったり、
家を失ったりといった問題が浮上した。

wikipediaによると、かつてアメリカでは黒人貧困地域に対する
その一定区域に居住する人に対しては融資をしないと
いったような金融機関による差別が行われていたという。
これはそれらの金融機関が地図上でその地域を赤線で囲ったことから
レッドライニングと呼ばれ、公民権運動の際に先頭を切って是正された
項目の一つであるらしいが、今回はむしろこういった低所得層に対する
「貸し過ぎ」が一連の問題の根源となった。

このような低所得層に対する積極的な貸付を
Predatory lending=略奪的貸出と言うが、
お金を手に入れ、家を手に入れ、貧困から抜け出したと思った
人々がジリジリと返済不履行のプレッシャーに呑み込まれ、
ついには破産、家も失うといった「人生を略奪」される絵は
アメリカ社会の病理を描いているように思える。

トリステイトの金融を管理するFRBNYは
従来、大量のアフリカ系アメリカ人、ラティーノのスタッフを雇用し
ローンの負債者調査員として各州に派遣をしていたのだという。
これは負債者の多く、そして返済不履行者の多くが
黒人であったり、中南米からの移民であったりという背景があったから
とのことであるが、現在は調査員の数が負債者に対して全く追いつかないのだという。
Fedがこのクレジット市場に対する現状把握をできなかったということが
今回のクレジット市場へのダメージを拡大させたとの見方もある。

NYの地価はうなぎのぼり、もちろんNYを通勤圏内とする周辺州も
簡単に家を持つことができるような価格ではない。
そのさなか、アメリカン・ドリームに象徴される大きな家を持ち、
新たな一歩を踏み出そうと、
身を粉にして働いたかもしれない労働者や
事情のよく分からない外国人、
犯罪率の高い黒人居住区から抜け出し、子供たちの教育を
一から考え直そうと思った家族を「エサ」にした
アメリカの資本主義というPredator(ライオンなどの肉食動物)は
食べても食べてもお腹いっぱいにならない飢餓道に落ちた鬼のようでもある。

市場の混乱は、東京の暑さがひと段落ついたのと共に
落ち着きを取り戻すかもしれないが、
一度食われてしまった彼らの「家」は戻ることはない。
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by akkohapp | 2007-08-18 13:27 | NYC, USA

Black Eyed Beauty

「ただいまー」

ようやく覚えたオートロックの暗証番号を押して
ドアを開けると
おかえり、と迎えてくれた彼。

昨晩したケンカの後遺症はまだあるかな、と
ちょっとうかがいながら、暑いね、いっぱい汗かいちゃったよと
部屋の中に入る。

赤坂見附のマンションに引っ越してきてから
もう一週間くらい経つ。
いつの間にか、丸の内線に乗ってこの場所に帰ってくることにも慣れた。

夕暮れになると、地下鉄を降りてから地上に出るまでの
地下道に星座のモチーフをしたブラックライトが浮かび上がり、
その下をいつも競歩の選手さながらに早足で歩きながら
マンションのドアを目指した。

今日もそうして、駆けるように帰ってきたから全身汗だくでハグもできない。

シャワーをまず浴びて、すっきりしようかなと思っていると、
「そのまま、そっち向いてて。振り向かないで!」
と背後から言われる。

何?何?と状況が読めず、あたふたとクーラーの方を見ていると、
パタパタと洗面所の方へ駆けていって、戻ってくる足音。
「振り向いていいよ」
の声で後ろを向くと、オレンジ色のカタマリが目の前にあった。

夏の色をいっぱいに吸い込んだみたいな花たちは
本当に元気で、それぞれの色でわーんと周囲に大きな笑顔を投げかけているようだ。

「昨日は、ごめん。」

嬉しくて嬉しくて、私も花に負けないような笑顔で
お礼をたくさん言って、仲直りをした。


「この花びん、持ってくるのに本当に苦労したんだよ。
ほら、ガラスがすごく薄いでしょ?だからずっと両手に持って運んできて
汗だくになって大変だった。」

そうやって笑いながら嬉しそう。
「インスピレーションで選んだんだーほら、この曲線がキミらしいでしょ。」

とても滑らかな曲線を、繊細ないガラスで描くその花びんは
幸せをたくさん活けられるような大きなもので、その寛大さが
私をとても安心させた。

ありがとう、ありがとうと繰り返して、
その花びんをシンクに置いて蛇口をひねる。


      -ガシャ


ガシャ??
少し斜めになっているシンクの中で、
それは傾き、無残に割れた隙間を水が流れている。

思わず声を上げると、彼も飛んできてうわぁ、と声を上げる。

一瞬にして、花の色が霞み、笑みが顔から消えてしまう。

運ぶの大変だったけど、喜ぶ顔が見たくて、とついさっき言っていた彼の声が
まだ聞こえるようだ。

追い討ちをかけるかのように
うむ、、、花びんが割れるのは、縁起が悪いって言うよね、なんて
意地悪なことを言う。

何度謝っても、割れてしまった花びんは元に戻らず、
永遠なる曲線はギザギザの欠片になってしまった。
初めての花束だったのに。

店員さんと親しげに言葉を交わしながら
花を選んでいる彼の姿や
迷った挙句、花びんも買うといって高いところにあるそれを
とってもらっている時の横顔や、
見てもいない絵がくるくる頭の中を巡って、悲しくなった。

ごめんね。


結局その後、お詫びの気持ちをこめて、
もうひとつ小さな花びんとカラーを二本買い、バスルームに置いた。

黄色いそのカラーはBlack Eyed Beauty。
花の奥に黒い斑点があるそれは、
なかなかエレガントに夏を演出しているようで気に入った。

割れてしまった花びんは元には戻せなかったけれど
その子たちが残りの私たちの夏を彩る花になった。


あれから、一年が経った。
仕事帰りに、ふと花屋の軒先をのぞくと、目が合った。
エレガントな佇まいの中に凛とのぞく黒い瞳。
一年ぶりの再会に嬉しくなって、薄黄のそれを二本買って家路に着く。

完全な曲線なんて全然描けないデコボコの私たちは
それでも一年という弧円をいびつに、でも確実に辿った。
それは想像もつかなかったスピードで、
割れた花びんのジンクスに捕らえられる暇さえなかった。

もっともっとたくさんの花を生けられますように。
あのオレンジ色の笑顔をもっと見せ合いられますように。

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by akkohapp | 2007-08-09 20:35 | 大切な人

LOVEINGLISH 呼びかけ編

それぞれの言語には、それぞれのロマンスの度合いがあるらしい。

聞いたところによると、やはりスペイン語、フランス語、イタリア語あたりは
かなりロマンス度が高いとのことだ。
残念ながらこの3言語にしては、フランス語の「愛してる=じゅて~む」と
高校でフランス語をかじっていた妹がなぜかよくつぶやいていた「ささぺるおでん」という
もはや意味不明な二語以外、まったく話すことができないので
これらの言葉の愛深さについてお伝えすることはできない。

しかし、英語については少しだけ、この言葉をつかって
喜怒哀楽を表現をせねばならない場面を何度か繰り返すうちに、
僭越ながら多少なりとも、英語独特の親しいもの、日本語で愛っちゅ~と
ちょっとこそばい、そこんとこ表す表現も自然に会話に織り込むようになった。

今回取り上げたいのは、ズバリ、「呼びかけ」である。

「呼びかけ」

これは日常会話にかなり浸透度が高いため、普段は意識しにくいものだが
実はかなり奥深さがある。

日本の「呼びかけ」言葉のロマンス度はかなり低い。
サザエさんを例にとれば、マスオさんはサザエさんを「サザエ」と呼び、
それは波平が「サザエ~!」と呼ぶ、あるいはカツオが「サザエねぇさ~ん」と
呼ぶのにほぼ変わりはない。
波平にいたっては、フネのことを「かあさん」と呼ぶ始末である。

始末、と言ったって、これが日本の呼びかけ論である。
夫婦は名前で呼び合えれば上等、子どもが生まれてからも恋人の頃からのあだ名で
呼び合える夫婦は全夫婦像のうち、わずか30%に満たない
ような気がする。

そうや問屋が卸さないのが英語である。


まず日本人に馴染みのあるベタ路線第一線を歩むのが
"HONEY"
"DARLING"
何故か日本ではハニーが男性から女性への呼びかけ、ダーリンが女性から男性への
呼びかけとして使われることが多いが、ネイティブ的にはどちらがどちらに
呼びかけても良い。
しかし、この使用頻度というか、どんな人たちがどう使うかを具体的にイメージしてみると
あまり現代っ子たちの間ではメジャー選手ではない。
何故か私のイメージでは、白くて大きないかにもアメリカというかんじの家に住んでいる
70年代の白人カップル、とか、ちょっとおじいちゃんおばあちゃんっぽいにおいがするのだ。
言うならば一世代前のベテラン選手というところか。

この二選手よりも少し先行路線を走るのが
"SWEETIE"
この子とはよくお目にかかる。
街角で、お店で、学校で、郵便局で・・・
ありとあらゆるところで、幅広い年齢と人種、性別に関係なく人気者のようだ。

レジでおつりを受け取り忘れてそのまま立ち去ろうとすると
「ちょっとSWEETIE!あなたオツリ忘れてるわよ!」
学校で先生にミーティングの予約を取りに行けば
「ええ3時で大丈夫よSWEETIE」
もちろん恋人たちの間でも常套呼びかけ句として使われる。


続いて登場するのがBeautiful, Gorgeous, Handsome, Sexy軍団。
こちらの選手団はそのままやんけ外見形容詞群であるが
なかなか登用度、ロマンス度は高い。

街中で新しく可愛い服を着て歩いていると
「へ~いBEAUTIFUL、その服似合ってるよ~。」
女友達へのメールの書き出し、
「ハーイGORGEOUS,元気?」
愛しい夫を起こすとき、
「おはようHANDSOME、もう朝よ」
こちらの選手団は少し登用方法が難しいかもしれない。
以下すべて、セクシュアリティがストレートの場合の使用方法だが
なかなか複雑である。
BEAUTIFUL 女→女◎ 男→女◎ 女→男?
GORGEOUS 女→女◎ 男→女◎ 女→男?
HANDSOME 女→男◎
SEXY 男→女◎ 女→男◎ 女→女◎
これを誤って使うと、途端に自分のスコープ圏外のセクシュアリティを持つ人からも
アプローチを受けることになる。


ロマンス的登用度が最も高いのが
Baby, Babe, Babes等の赤ちゃん軍団。
「今日からあなたは私のBabyね」
「今日も素敵さBaby」
といった具合に、かなりロマンス的要素を包括するカップルのみに
使用が許されるこの言語、
Babe[ベイブ]と使うとよりこなれた感、
Babes[ベイブス]となぜ終わりにSを付けるのか全く持って意味不明であるが
なんとなくこちらも上級選手的サウンドが否めない。
また、Love, My Love等、こちらのラブラブ系も
先頭走者群を肩を並べて走る。そう、Lは大文字なのがポイントである。

さらに円熟系を行くのがDear, My Dear。
ここまで呼んでもらえるならば、もう行き着いたも同然である。
ゴールは近く、24時間テレビではそろそろZARDの曲が流れ出す。
友達なり、恋人なり、夫婦なり、どことなく深め合った結果の
あたたかく、柔らかな光がぽぅっと漂うようなその響きに
一種の憧夢さえ抱く、お~いぇすMy Dear...(エコー)

市内マラソンなんかではいつも最後に必ずコテコテに仮装した輩なんかが
大手を振ってゴールをし、みんなが拍手喝采、いや~今日も
良い走りが見られたね、なんつって笑顔で家路に着くものだが、
そんなかんじが番外編。
Cutie Honey Chocolate Sweet Pie with Whipped Cream with Cherry on the Icecreamとか、My Icecream Sundae with Chocolate Syrup and Honeyとか、My Lovely Hotdog with Super Deilcious Long Sausageとか、
あ、すみません、途中から中国並みに捏造しましたが、別にエッチなことを考えていたわけでは全然なくて、そんなんじゃなくって。





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人種番外編では何故かラップの曲なんかには女の子をSHORTIEと
表現したりすることがよくある。
これは男の人から見て大抵女の子の方が小さいから、ということらしいが
なぜそんな風に言うのかと聞いた男の子の友達が自分よりも背が低かったので
非常に気まずい思いをした。

最近ではヒップホップの音楽で女性をBITCHとかHO(売春婦)
などと呼ぶような内容の曲が多く、ヒップホップの巨匠たちは
そんな空っぽになってしまったヒップホップ界の現状を嘆いている。
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by akkohapp | 2007-08-05 23:04 | NYC, USA

Dear Messenger

ひょんなことから、まだ寒かった4月の新宿御苑のお花見でお会いして、
名刺を交換した人と、彼の持っている不動産の話をするために会うことになった。

皇居の周りの柳が、暑さでしょんぼり萎れるような午後、
帝国劇場の地下街にあるとても美味しいウナギ屋さんで待ち合わせて
お互い、この人だっけな・・・とちょっと確認し合いながら
ほぼ初対面の趣の再会を果たすと、ぎくしゃくと不動産の話をした。

ウナギは尾を少し折らないと箱からはみ出るくらい大きくて、
そこに白木の箱に入っている山椒をふってみると
ふんわりとした身から、はちみつを使っているというほんのり甘いタレが
湯気を通じて顔中の毛穴から香ばしさを伝えるようだ。

あんまりウナギが美味しいのと、
多分お互いあまり不動産やお金のことについて話したい人間ではないことに
早々と気がついたからだろう、ウナギをひとしきり褒めあうと
話はなんとなくお互いのことに移った。

今はもう2社目の金融機関で働いている彼から
全くハードコア金融人の臭いがしないので、
以前から金融のお仕事をされていたんですかと尋ねると、
ぷっと吹き出して、全然、と笑顔で答える。

「天津甘栗、って知ってる?」

「え、あ、はぁ、あの駅前で売ってる?」

「そう、あの駅前で売ってる。」

子どもの頃、冬になると、お母さんがおやつに買ってくれた
黄色い文字が書かれた赤い袋に入った可愛らしい栗を思い出す。

「あの、栗をね、僕、売ってたの、アメリカで。」

アメリカで天津甘栗を見たことがなかったので、驚いてしまう。

「オヤジがやってた仕事で。小さい商社でね。で、オヤジが死んだから
僕が継いだんだけど、それはもう大変だったよ。」

「栗だよ、栗。でも栗っていっても奥深くてね、やっぱり素材が
大事だから鮮度を保たないといけないんだけど、微妙な冷蔵温度とか
本当に大変。栗も生ものだから。」

そうして、その人は真剣な目をして、いかに天津甘栗の命となる
栗を選別することが難しいことかを、さっきの不動産の話の50倍くらい
情熱的に語った。

「色んな事があって、結局シカゴにある店をたたむことになったけど、
やっぱり辛くてね。いつまでこんな状態にあるんだろう、
これから自分はどうなるんだろうと途方に暮れてたよ。
最後に、店のシャッターをガラガラって下から開けて
自分が外に出てくるとね、シカゴの真っ白な月が見えるんだよ、
ちょうどそのシャッター上げた辺りに。
そうすると、突然理由もなく涙がボロボローって出て来たりした。
あの冬の月、忘れられないなぁ。」

言葉を紡ぎながら、ついさっきその月をとらえたみたいな
きれいな目をするので、こっちもなんとなく目の辺りがじわんとした。

「そうやって、ずっと自分じゃ抱えきれないような不安要素を持ったまま
走り続けたけど、結局もう一度自分を建て直そうって決めて、
大学院に行って。それで日本に帰ってきて、今はこうして仕事もあるし
ハッピーに暮らしてる。
やっぱり根幹は、五体満足で、毎日をキチンと織ってゆける仕事があって
食べて行けて、ってそういうことだから。

辛いこと、嫌なことっていっぱいあるけど、それを繰り返して
その先に自分なりに達成感とか、喜びがあるならいいと思う。
僕もあの日々があったから今の自分がいるって思う。
みんなそう言うでしょ、辛いことがあるときに、一番成長するって。
でも、やっぱり人間だから、ずっと自分のことを認められないような状態に
置いておくのは、良くないよね。

本当に嫌なことなんて、本当はなくて、それは自分の心の次第だけど
どうしても先が見えないようなら、やっぱり自分がやりたいこと、
自分が好きな事を、やりたいだけやらなきゃね。
長くそこに居続けて、それをやり続けても、ハッピーに思えないのは
神様が『それはもうやらなくてもいいよ、好きなことやりなさい』って言ってくれてる
サインなんだと思う。
だってくすぶってばっかの時間を長く過ごすには人生は短すぎるよ。」

最後の文章は、いかにも英語を日本語に訳したみたいで
可愛らしいなとか思ったけど、彼とその日、突然ウナギを食べたこと自体が
他の何でもない、神様からのメッセージだなと思ったので、
そう、伝えた。

そうやって、突然交わる人生の線と線には
きっと必ず何かの意図があって
そんな隠れたメッセージを大切に、自分の人生は色を織り成してきたなと思う。

さんきゅー神様、素敵なメッセージ、そしてウナギを。

私達は、うんうんと肯きながら、デザートに出てきた
半分凍ったライチを指で弾きながら、
今度はみんなを誘ってビアガーデンでも行きましょうと
ちょっと夏らしい企画をしてから
混んできたお店を後にした。
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by akkohapp | 2007-08-03 22:37 | 花鳥風月