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祈り

久しぶりに密度の高い映画を見た。
アカデミー賞では外国語映画賞を受賞した
南アフリカの首都ヨハネスブルグを舞台にした「ツォツィ」である。

主人公の少年ツォツィ(不良という意味)は、
仲間にも自らの名を明かさず、盗みや殺人をしながら
スラムで生計を立てる。
そんな彼が盗んだ車の中から見つけたものは
生まれたばかりの赤ん坊。
赤ん坊の瞳に引き寄せられるかのように
その小さな命を紙袋に入れ、自分の家に持ち帰ることを決めてから
ツォツィの内面には小さな変化が起こるようになる。

初めて見るヨハネスブルクの町並みは、
長年住んだジャカルタのそれとよく似ていた。
街路樹には火炎樹が植えられ、駅前には揚げ物の屋台がひしめく。
突然のスコールに、人々はたじろぎもせず平気で濡れながらのんびり歩く。
ただ、ジャカルタと大きく違うのは、町中にあるエイズの看板だ。
「私たちは皆エイズに感染した エイズ患者への支援を」
そんな黄色い看板が、このアフリカの急成長都市の街角を飾る。
主人公の少年も、母親をエイズで亡くした過去を持つ。

ひとつの純粋な生を通じて、少年が自分の心の中に変化を見出してゆく過程は
時にとても荒っぽく、そして時に言葉にならぬほど繊細に描かれている。
貧困の中に見る感情は、いつも濃い味だと思う。
絶望も優しさも、声にも出さず目の色の変化だけで見事に表現する
役者たちの演技に心を奪われた。
アフリカの人々が持つ「兄弟」の絆や、それらを分断する貧富の差も
顕著に映し出されていた。

途中何度も席を立とうと思うほど、個人的に見ることが辛い作品だった。
けれど、最後まで見て良かった。

おすすめです。





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by akkohapp | 2007-04-19 23:14 | 花鳥風月
バージニア工科大学で起きた無差別射殺事件は、アメリカ社会に大きな衝撃を与えた。
半分時間が止まっているようなバージニアの片田舎で起きた悲惨な事件に胸が痛む。
アメリカの学生の多くが登録しているSNS、フェイスブックでは
瞬時に個人のプロフィール写真が「VT」(Virginia Tech)の文字に
黒いリボンがあしらわれた犠牲者への追悼マークに変わり、
様々なコミュニティーで追悼集会が行われている。
9・11後、アメリカ社会はこうして瞬時に痛みを共感し、
慰めあう精神が高まったように思う。

32人を殺害した容疑者は、
NBCに送ったビデオレターの中で煮えたぎるような怒りと絶望感、
そして孤独をあらわにしている。

「お前たちは屈辱される気持ちが判るか。
十字架の上にはりつけにされて、お前たちの享楽の為に血を流す苦しみが判るか。
お前たちは人生のうちでそんな苦しみのひとかけらさえも味わわなくていい。」

92年にアメリカにやってきたたった23歳の韓国人の若者が
内に抱えていたものは何だったのか。
32人を殺害するまでに彼を駆り立てた怒りの元はどこにあったのか。

深淵からその暗黒の底を覗き込むことなど到底できないと思うが、
常に劣等感を抱えながら、ネイティブスピーカーの同級生と距離を感じながら
高校生活を過ごした自分には全くの異質なものとしては捉えられないような気がする。

スポーツが得意な学生が人気を集める、
男女のつきあいかた、距離感に違いがある、
英語が母国語ではない、
授業の中で思うことを思うように伝えられない、
日本人コミュニティーの中にある閉塞した人間関係、
例を挙げればキリがない。
自分の存在感を失うこと、存在意義だなんて難しいことでなくてよいけれど
やはり自分が自分だけが持っていると信じる個性を発揮できない場所で
長く生活することを通じて、どれだけ自分に対する信頼を失っただろう。
そんなちっぽけなことに言い訳を探して、真正面勝負を挑むことすら考えずに
高校時代はひたすら負け犬、loserだったと思う。

それでも私には私をそのまま受け入れてくれる数少ない場所があり、
そこでダラダラ鼻水を流して泣けたことが、自分を救ったのだと思う。

今回の事件を引き起こした容疑者は、
英語もネイティブ並みに話せているし、長いアメリカ生活の中で
アメリカの生活習慣や文化にもかなり順応していただろう。
しかし、その長い時間の中で自分を自分として、
男性として、
韓国の歴史や文化を持つ韓国人の一面や、
その感性や人間性を
理解し受け入れてくれる土壌を見つけられなかったのだろう。

その一方で、アメリカ社会の底辺を常に流れる下水道のような
人種差別や拡大する貧富の差が
個人の中ではもはや飼いならすことができないような怒りをつくり、
それが彼を殺戮犯というモンスターに変えてしまったのかもしれない。

外国人であるところ、
女性から男性として認識されなかったところ、
社会への不満や怒り、
そして閉鎖された学校社会、
要因として挙げられる要素は多くあるが
私にはこの事件が、ただ女性にトチ狂った若者の暴走であるとは捉えられない。

その影には、異国の地で自分と違う文化と対峙しながら、
必死に自分を確立しようともがくたくさんの若者の孤独が見えるような気がする。


どのような理由にせよ、多数の無辜の命を奪った罪は許されない。
犠牲者のご冥福を心からお祈りいたします。
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by akkohapp | 2007-04-18 23:52 | NYC, USA

         いち

自分の内外にまったく違う世界を抱えながら毎日を過ごすようになって
そろそろ1年が経つ。
この感覚はなんというのか、
淡水の中を泳いでる魚の腹の中が海水というか、
体にくっついている物理的な目と
心にくっついている内的な目の見ているものが違うというか、
そんなかんじだ。

最初はどちらの水の中で生きるのか、
どちらの目で見るものが視野なのか判らず
どっちの水も腐るし、
どっちの目で見るものも幻想に思えた。

エラ呼吸と皮膚呼吸を両方行うみたいな
ものすごい偉業を遂げたわけでは決してないが
それでも一年ダブルスタンダードの中で呼吸をし続けて
ようやくステップになってきたのかもしれない。
そして、二つの世界がつながるポイントを
少しだけ把握できるようになったかもしれない。

数えることを始めるとしたら、ようやくここから
「いち」と数えたいかんじだ。
これまでは、全部その「いち」を言うための
深呼吸をしていたのだと思えばいい。



そんなことを思えるようになったから
新しい服を買って、髪形を変えてみたら
どエライ恥ずかしさ。
オマエ誰じゃ。。。
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by akkohapp | 2007-04-15 21:58 | 花鳥風月