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<   2006年 08月 ( 2 )   > この月の画像一覧

沖縄南部にある知念村を目指す。
高速を間違って那覇で降りてしまったので、一般道を南へと下るコースに変更したら
思わぬところで太平洋を一望できる絶景が目前に広がり、得した気分だ。
果てしなく続くサトウキビ畑と、それよりも広い青い空。
南には米軍基地のフェンスは見当たらないが
平地であるこの周辺は戦中、最も厳しい戦いを強いられた土地であったという。
多くの女子供たちが喜屋武岬から身を投げた。
そんな痛みや傷を抱えながら、優しい輪郭を海へと延ばし、
島は健やかに夏の中で生きている。

目的地である斎場御嶽(せいふぁうたき)は15世紀ごろに築城された
琉球王国最高の格式を持つ霊地である。
2000年に世界遺産に登録され、今でこそ駐車場が整備されているが
参道の外からそれを臨んでも、まずそこに祈りの場所があるとは
誰も気づくまい。
うっそうとした緑と、岩と一体化した幹に守られるようにその聖なる地はある。

たくさんの蝶が舞う。
緑、青、紫・・・
みな黒い縁取りの中に宝石の色をたたえ、
あるいはあるものはただ漆黒の美をたたえ、
二枚の小さな羽が空を泳ぐ。

自由な形を熱帯の空気の中に伸ばす葉の陰に、
聞いたことのない鳥の鳴き声の中に、
たくさんの蝶が舞っていた。
野生の蝶を、あんなにたくさん見たことはこれまでにあっただろうか。

蝶は死者の魂の変化(へんげ)であるという話は、どこで聞いたのだろう。

私たちは言葉を一片も交わさず、首からぶら下げているデジタルカメラに触れもせず
石畳の道を奥へと進んだ。
畏怖しかなかった。
ここに足を踏み込んでいること自体、
自分の身の丈に合ったことをしているとはとても思えなかった。
元来、この場所は王族の人間しか訪れることができない場所だったという。

間違いなくパンフレットの表紙を飾るだろうと思われる
三庫理(サングーイ)はもちろん圧巻であった。
地盤のズレから生じた三角の隙間には、
太平洋が全体で受け止める太陽の光と風が集まり
きっと「気」が色なんかで見える人がその様子を見たら
さぞかし色鮮やかな三角形が浮かび上がって見えるのだろう。
その隙間を通り、岩の向こう側に行くと、コバルトブルーの背景を持つ
祭壇が備え付けられている。
61年前、血に染まった過去など嘘であったかのように、凪いだ太平洋が眼下に広がる。
言葉を失くして、風景に見入っていると、また蝶が三匹、連なって飛んでゆく。
見られているのかな、
ふとそう思う。

三庫理が表の「気」の扉だとすれば、
寄満(ユインチ)は裏の「気」の集まり場かもしれない。
私がより強く惹きつけられたのは、うっそうとしたこの場所だった。
寄満は王宮用語で台所を意味するらしく、かつてはここで
儀式に必要な食べ物が用意されたのだろう。
より多くの蝶がひらひらと宙を舞う。

一般公開されていたのは、この寄満までだったが、
恐らくこの奥があるのだろうな、と思った。
そのくらい、その奥からは「気力」が伝わってきていた。
蝶の羽音が聞こえるんじゃないかと思うくらい、静かだった。
木の実が落ちるポツ、ポツ、という音が響く。

まだ、生きている。
ここはまだ「遺跡」ではない。
こういう場所はね、日が出てるうちに行ったほうがいいんだよ、
日が暮れてくると、ちょっとそういうのが強くなり過ぎると思うから、
そう言った友達のセンスを、正しいと思う。


後で調べて分かったことだが、この場所は長らく男子禁制の場所であった。
世界遺産に登録されるまでに時間を要した背景もそこにあるのだという。
一般公開をされるようになった後も、男性は参道の入り口で
着物の袂を女性がするように左前にしてから足を進めた、とのことだ。
特権を持った女性にだけ与えられた最高の礼拝所。
台所は女性性をもっとも顕著に象徴する場所であると考えれば
寄満に自分が強い何かを感じた理由もつくような気がする。

たくさんの蝶たちは、琉球の時間から厳かに舞い続ける
王家の女性たちの分身だったのかもしれない。

観光客が落としていった小さなゴミを少し拾いながら石畳を引き返した。
私たちが参道を出た途端に、突然風が廻り、晴れなのに雨が降った。
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by akkohapp | 2006-08-04 16:23 | 花鳥風月

Honey Butter Sunset

ブルーの水に白い花が浮かぶ待ち受け画面が消えて、
着信を知らせる緑色の背景の中に彼の名前が泳ぐのが見える。
彼の方から電話があるのは沖縄に来てから初めてのことだ。
通話ボタンを押し、耳に電話を押し当てると
自然に弾んだ声がお腹の底から出てきた。

「もしもし?」

東京に戻るまで残り一日を控えた最終日の夕方だった。

大好きな友達は西日がめいっぱい差し込む部屋で、
睫毛に落ちる黒い影に似合うピアスを箱の中から探し出している。

東京から届く彼の声を、鼓膜で甘く受け止めながら
彼女が金色の細いフープを手にするのを見る。
つけっぱなしのTVからは、夕方のニュースが流れている。

私たちは汗だくになりながら南へのドライブから帰って来て、
氷がたくさん入ったルイボスティーを二人でゴクゴク飲み
シャワーを浴び、これから北谷のアメリカンビレッジに新作の映画を見に行く予定だ。

片手でワンピースの裾をいじりながら、自然とテレビの音を避けて
いつの間にかドアを開けて、部屋の外に出る。
その途端、風がスラっとノースリーブの肩にぶつかってくる。
アパートの三階の廊下からは、遠くに沈む太陽が見える。
地元っ子である友達が誇らしげにさらすチョコレート色のそれには
まだまだ敵わないが、たった四日間の滞在にしては結構がんばった。
すっかり夏色に染まった自分の肌を見つめながら
彼と話を続ける。

たいわいもない。
昨日つながらなかった電話の理由を一生懸命説明している。
どうでもいいのに、そんなの。
どうでも、いいよ。
流れるような彼の言葉は、いつの間にかビジネスの方向へ向かう。
ヘッジファンド、とか、ニューヨーク、とか。
この場所で聞くそれらの単語は、全部魔法の呪文みたいだ。


目の前では太陽が黄金の輪郭を誇らしげに揺らしながら
空の色を変えてゆく。
オレンジとブルーの組み合わせは、全然似合わなそうなのに
どうしてこんなにも一つになれるのだろう。
それは、コントラスト、対照、ではなく、ハーモニー、融和、だ。

私の声と、彼の声は、どこまで重なっているかな。

オレンジとブルーは、もっと深く混じり合いながら、
その一体感を段々と広げながら空全体を巻き込んでゆく。

声だけじゃなくて、もっと混じり合えればいいのに。

彼の言葉に「。」が付くのを待って、唐突に言う。


「今太陽が沈んでくよ。海の中に。私の目の前で。」

その様子を「バターが溶けるみたい」と呟いた時の友達の横顔の美しさを思い出す。

"Just like golden honey."

言ってみてから、頭の中にカラオケ屋なんかで出てくる、アイスクリームの乗った
ハニーバタートーストが香ばしい匂いを漂わせながら登場してしまって
しばし沈黙してしまう。
二人して沈黙を聞き合う。

「俺も、そっちに行ければよかったのに。
会いたいよ。
言わなかったけど、けっこーマジに会いたいよ。」

目を細めながら、ハチミツの上を流れてゆく言葉を聴く。

「明日、朝7時10分に羽田だって?迎えに行っていい?」

だって仕事でしょ、と言うと9時出社だから間に合うよ、とか言う。


ほどなくして、用意を終えた友達が車のキーをチャラチャラ言わせながら
ビーチサンダルでペタペタ玄関から出てきたので、
電話の向こう側に向かって、じゃあ明日ね、I miss you, too と言うと、
今日のハチミツ最後の一滴が海に飲まれた。
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by akkohapp | 2006-08-04 11:05 | 大切な人