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<   2006年 06月 ( 3 )   > この月の画像一覧

ありがとエンジェル。

何杯のソフトドリンクをお代わりしたのだろう。
テーブルの上は、グラスがかいた汗でかなり大きな水たまりができていた。

仕事が終わったのは8時を過ぎていて、
彼は1時間以上もファミレスで私を待っていてくれた。

「元気になるイベントがあるよ」

そう言って、薄いmp3プレーヤーのヘッドフォンを渡してくれた。
聞こえてきたのは、ミュージカル"Rent"の主題歌"Seasons of Love"だ。

「あぁ、懐かしいね!」

参加していた学生団体で、その年のテーマソングになった曲だった。

525,600 minutes, 525,000 moments so dear.
525,600 minutes - how do you measure, measure a year?
In daylights, in sunsets, in midnights, in cups of coffee.
In inches, in miles, in laughter, in strife.
In 525,600 minutes - how do you measure a year in the life?
How about love? How about love? How about love? Measure in love.
Seasons of love.

一年間は愛で測ろう!一年間の単位は愛なんだ、というメッセージの曲。

けれど、愛はどうやって測るんだろう。

落ち込んでいる私を気遣って、仕事の後にこうして待っていてくれた彼の優しさは
空になったジュースのグラスの数だったり
充血した目で笑って
「全然大丈夫だよー!」と言ってくれる声の明るさではかるのかな、
測れないな、と思いながら、待っていてくれたお礼を重ねて言う。

「いいんだってば!それより、これから、映画、見に行こう!」

その一言で、一緒に映画"Rent"を見に行った。

作品に登場する人物たちのカラフルさに、心が慣れるまでに少し時間がかかった。
そりゃそうだよな、いつも黒のスーツと白いシャツしか着てはいけない世界にいるのだから。
エンジェル、エイズとの闘い、ミミの孤独、そしてニューヨーク、
Rentの世界は、一生懸命そのときを生きることの大切さを教え直してくれる。

「今日しかないとしたら?明日死ぬとしたら?
キミはどう動く?どう生きる?誰と過ごす?」

元気で若い、少なくともそう信じている全世界の人間共通のテーマだ。

ほとんどの確率で、私は明日死なないけど、
100%の確率で明日という時間はあさってが来ると同時に死んでしまう。
なのに、自分はどこにいるんだろう。

朝の通勤電車の中で見たオーストラリア観光局がそこらじゅうに貼っている
"so where the bloody hell are you?" (意訳:「あんた、そこで何してんの?」)
というポスターを見て、突然泣けてきたのを覚えている。

どこにいるんだろう。何してるんだろう。


二時間半はあっという間に過ぎ、やっぱりエンジェルはエイズで死んでしまった。
けれど最後に暗くフェイドアウトしてゆくエンジェルの顔は、
女性的でも男性的でもない、人類的な美しさと高潔さを湛えていて、本当に美しかった。


お互い泣き疲れて、上映終了後は口数も少なく、東京駅まで歩いた。
夜が時空を変な風に曲げているようで、大手町が仮想現実のゲームの世界みたいだった。
駅に着くまでの間、何度となく映画の歌を二人でハミングした。


本物の優しさを持っているということは、とても強いことだと思う。
そんな優しさと強さに支えられてこそ、自分はヘナチョコになれるのかもしれない。

悲しいので泣いたんじゃない涙は温かく、夜は深く、
私は動き続ける自分の心臓と、喜怒哀楽の波とを抱えながら
ビルの向こうから確実にやってくる明日をまたちゃんと迎えられる気持ちになった。

ありがとね。
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by akkohapp | 2006-06-25 02:36 | 大切な人

島歌論

私が長年住んでいたインドネシアは、
いわずと知れた島嶼国家であるが、インドネシアには
いまだに多く、「幽霊」や「精霊」、「魂」といった概念たちが生きている。
例えば、日本人を含め、外国人駐在者は現地でお手伝いさんを
雇うことが当たり前のことだが、そのお手伝いさんがある日突然
仕事を辞めたいと泣きついてくるので
その理由を問いただすと、「お化けがでるんです!!!」と
真剣に訴えてきた、という話を聞いたことが何度かある。

また、街中には"magic~"と何故か「呪文、魔法」を
意味する単語を頭につけた看板がある。
それらの店は、文字通り魔術を使って人生相談から
車の修理、はたまた歯の治療まで承ってしまうスーパー魔術屋である。
もちろん、車専門魔術店、歯治療専用魔術店、と分かれてはいる。
聞く話によると、車専門店では魔術と請け負っておきながら
商売内容は、神田うのが「へっこんだーらカーコン♪」とCMしている
あの車修理事業となんら変わりなく、ようするに
凹んだところが「魔法のように」きれいに直る、ということで
"magic mobile"であるらしい。
その道理で行けば、入れ歯の絵が描いてある看板の
"magic gigi(インドネシア語で「歯」の意味)」も
恐らくは「魔法のような仕上がりの」入れ歯ができるということなのかもしれないが
イメージが車より湧きにくいことは確かである。

これらの例が表すように、(?)
インドネシアは大都市ジャカルタにおいても
どこかに精霊や魂の存在が今も息づいており
それを人々が自然体で生活の一部にしている姿が見受けられた。
バリやほかの孤島に、体や心が弱っているときに安易に行ってはならない
というのも、心や精神のスキをついて悪霊が入り込んでくるからだ、と
真剣に大学時代のインドネシア語の先生にも忠告された。

このような精神信仰的性格は、四方を海に囲まれ、様々な潮流が交じり合う島国特有の
地理的条件からくるところが大きいのではないかと思う。
潮の流れに乗って、様々なものがやってきては交じり合うからこそ
多様性を柔軟に受け入れつつも、自分の心は真っ直ぐに保っていなければ
もって行かれてしまうよ、という忠告にも聞こえる。

バリの有名な伝説は、バロン(聖の象徴)とランダ(悪の象徴)が
島の周りをぐるぐると回りながら永遠に終わらない追いかけっこをしている
というものである。
他の宗教、文化に多く見られるような
善は勝利し、悪は敗北する、というスケールでは収まらず
善悪は常に共存しつづけるのだ、という理論が
非常にインドネシアらしいと思う。
常に終わらない葛藤を持ち続けていてこそ
人間じゃないか、というバリのメッセージである。


これらのインドネシアの性格を、照らし合わせたいのが
カリブの島々の性格である。
先日サッカーではトリニダード・トバコが旧宗主国である
イングランドに果敢に挑み、結果惜敗したが、
ハワードに留学して以来カリブに多く友人ができた。
これまで全く関わりがなかった地域からやってきた彼らと
自分がなぜこんなにも「クリック」しやすいのかと考えてみると
やはりこの「島的」共通項によるところが大きいのではないかと思うのだ。

時間の流れ方が、東京の半分のスピードで生きている彼らだが
とにかくおおらかである。
肌の色論やら、国家論やら、そんな差異化の根源について
多く知りたいと思ってきた人間にとって、
彼らほど異質なものを素早く受け入れ、また自分の一部として
吸収する人たちとめぐり合えたことは
大きなパラダイムシフトを生んだ。
「色んなもの、変わったものが同時にあっていいじゃない」
そんな彼らのスタンスが、どれだけ私を安心させただろう。

彼らと時間を過ごす中で、彼らが多く使う言葉の中に
「vibe」という単語があることに気付いた。
「初めて会ったときから、君からは良いvibeを感じたんだ」
とか
突然無口になった友達に、どうしたの?と尋ねると
「今あっちのほうでものすごい悪いvibeがした気がした」
とか、そんなシックスセンスな展開に慣れない私は最初ビクビクしていたが
彼らにとっては「別にフツー」のことらしい。
日本に帰ってきてからも、突然携帯にメールが来て
「大丈夫?」とだけ書いてあるから、
「うん、別に?なんで?」と返信すると、
「誰かが泣いてるからキミかと思って」と返事が来て
こっちまで心配になったりした。

なぜそんな感性的能力があるのかを尋ねたところ
「知らない。でも海に向かって自分を開いてると、自然にわかる」のだと言う。
「15歳くらいのころはその能力が際立って高まってしまって
眠れなくなったりして大変だったよ」
と友達の一人が言う。
オマエいつも寝てばっかで全然感性研ぎ澄まされてるかんじじゃないじゃないか!
と内心ツッコミたくなりながらも、なんだか笑い飛ばせなかった。

同じく島国ニッポン出身の私は
全くそんな能力が欠如している自分を省みて、
どこでそんな力を忘れてきたのかな、と思ったりもする。
元々太古の記憶として、どの人にも備わっている能力なのかもしれないが、
文明社会の中での生活の中で、いつのまにか洗い流されてしまうのか。

善も悪も、黒も白も、明も暗も、全て
そこにあるものとして受け入れ、
自分を両面から受け入れたとき初めて、
そんなvibeを感じる力を身につけられるのかもしれない。
資本主義が強くにじみ出る社会の中では
あれもこれも、とゴチャゴチャ言っている暇はなく、
与えられた画一性の中で高いパフォーマンス能力を発揮してゆくことこそが
vibeで感じるよりも確実な明日を掴めることだと信じられているけれど。

でも、忙しい生活の中でふと心が開く瞬間、
そんな時を見計らって、自分の奥底に眠る島力を磨きたいと思う今日この頃だ。
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by akkohapp | 2006-06-18 02:20 | race and ethnicity

Many Rivers to Cross

同じお皿からごはんを分け合って食べたり
気が付いたら48時間以上一緒にいた、なんてことになったりするくらい
誰かと一度深くつながると、
例えその人と決して会わなくなったりしても
相手の破片がどこか自分の体内に残っている。

とっくに過去になっていたはずの、一緒に過ごしたその時間が
突然現在に蘇り、更にそこから思いもしない未来を運んできたりすることがある。


一年前の夏、ピンクのさるすべり木が植わる
新宿御苑沿いの道を、終電の時間を気にしながら
その日も二人駅まで歩いていた。
一つ目の角を曲がったとき。
白いガードレールの上に座り、私たちを眺めている人がいた。
夜の中に、長いドレッドヘアーと白いシャツが目立っていた。
通り過ぎるとき、彼が軽く挨拶を交わしたのを覚えている。

「友達?」と聞くと
「うん、新宿に唯一の本物ラスタファリアン」
と彼は少し笑って答えていたっけ。
「あの地下に、小さいけど良いレゲエバーがあってさ。」

新宿駅から歩いて大分かかるし、
周りは新宿御苑の静けさに包まれている。
こんなところにあるレゲエバーに、誰が来るんだろう。
そう思いながら、よく行くの?と聞いたら
いや、時々フラっと立ち寄るくらい、と彼も言っていた。
ふぅん、と相槌をうって、それっきり、
そこにレゲエバーがあることすら忘れていた。



ところが、なぜか突然そこにレゲエバーがあることを
思い出し、それと同時にもう足はさるすべりが植わる
あの道へ向かっていた。


記憶は確かだった。
一つ目の角を曲がると、赤と緑と黄色のラスタカラーの看板が出ている。
でもこんないちげんさんを入れてくれるお店なのだろうか。
不安に思いながら木の引き戸を開ける。
入り口のところで、中を伺いながらもじもじしていると
カウンターの向こうにいたボブ・マーリーのTシャツを着たおじさんが
おいでー、と手招きしてくれる。

とりあえずの飲み物も、なかなか決まらず
「えーーっと、いちげんさんにオススメのドリンクは・・・」などと
聞いてしまう始末だったが、
「ん~?甘いのがいい?強くないのがいい?」と
とても丁寧に対応してくれたので、とことん安心して
「甘くなくて強いのがいいです」
と答えたら目を細めてライムをギューっと絞った強いお酒をくれた。

それですっかり安心して店内を改めて見渡すと
見たこともないような巨大スピーカーが聳えている。
数えてみたらなんと12面もあった。
肝心の音楽は全てルーツレゲエなので
強い音は全くなく、ただただ優しくゆっくりな音がその巨大スピーカーの口から流れる。

これまたラスタファリアカラーに塗られた壁には、
色々なバンドや映画、レコード屋のポスター、イベントのフライヤーが
貼られている。
それぞれの壁を眺めながらわかったことだが
どうやらこのバー、新宿のこの地にオープンしてなんと今年で9年になるらしい。
かなりの老舗だったようだ。

マリブとパイナップルを割った二杯目を飲むころには
すっかり気持ちよくなって、壁のようなスピーカーに
椅子に座った上半身をもたれさせて、全身を耳にして音楽に聞き入っていた。
音楽をこんなに無心で聴いたのはいつぶりのことだろう。

「そうしていると気持ちいいだろう?」
最初なんと言ったのか聞き取れず、聞き返したら
ゆっくりと言い返してくれたのは
何故かウェスタン調のファッションに身を包んだダンディーなおじさん。
50代後半か。
ほんと、すっかりリラックスしちゃって、と答えながら目を覗きこんでみる。
毎朝乗る出勤電車の中なんかでは決して見られないような
余裕のある若い目だった。

「土曜日の2時くらいはこのフロアぎゅうぎゅうになっちゃうんだよ。」
8人しかいない店内を前に、そんなことを言う。
「あ、みんな俺のこと校長って呼ぶから。」
唐突な自己紹介にテンポを自然に合わせながら
え?校長ですか?何か学校でも開かれてるんですか?、と聞いたが
笑って首を振るだけだった。
テンガロンハットと、ルーツレゲエと、校長。
ダビンチコードどころではない謎っぷりも、
どうでもいい。


「仕事の帰り?」
そうやって声をかけてきたのは、フロアの真ん中で一人体を揺らしていた女の人だ。
蛍光灯の点った電車の中で、前に彼女が立っても
まずその外見と、レゲエを結びつけることは不可能だろう。
白っぽいワンピースと、黒いレースのカーディガン。
黒髪と少しぽっちゃりしたかんじ。
声は高め。40代前半というところか。

よく来られるんですか?と聞くと
「あはは、たまに踊らないと太っちゃうから!」と明るく答える。
生まれつきぽっちゃりした体型のひとなんじゃないかなぁと思わせるような
彼女が笑顔で言うのが可愛らしかった。
「ジャマイカは行かれたんですか?」
「うん、行ったよー。すごい良かった。行ったことある?」
いえ、まだないです、と首を振りながら
やはり彼女とジャマイカを結びつける線が見つけられず
そういうのもいいなと思った。


3時くらいに満員になるよ、という声に少し後ろ髪を引かれたが
結局終電で帰ることにした。
すっかり馴染んだ店内のオレンジ色っぽい暗さを心地よく着込んで
カウンターに向かって振り向くと、
「またおいでー!」といくつかの声が重なって帰ってきた。
なんて良いかんじのお店なんだろう。


こうして、素敵な場所とおもしろい人たちとの出会いを今夜運んでくれた
一年前の恋人に少し想いを馳せながら、
幸せな気分で終電が待つ駅への坂道を登った。
"Many Rivers to Cross"
坂の途中でジミー・クリフの言葉をふと思い出す。
人生の中で繰り返し交じり合っては別れてゆく川。
ゆらりゆらりと水面は揺れては流れ、
単調に続いてゆくレゲエの音のように何も変わらないように感じられても
生は確かに次の場所に向けて進み、流れているのだ。

Many rivers to cross and it`s only my will
That keeps me alive
(Jimmy Cliff)
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by akkohapp | 2006-06-18 01:15 | Art& Music