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貧しさの分類

5年ぶりに目にするインドネシアは、貧しくもあり、豊かでもあり、
ここに住んでいた頃には日常に溶け込みすぎて見えなくなっていた
そのダイナミックな二極性に気づく。

初めて乗る列車の窓の外を過ぎてゆく景色を眺めながら、
貧しさにはたくさんの種類があるのだと感じる。

崩れかけた赤い屋根と、竹の皮で作られた壁の家々が
連なるスラムを、フェンス一枚隔てることなく、轟音と共に列車が通り過ぎる。
クーラーの効いた車内から、ガラス一枚を隔てて「眺める」貧困。
そのスラム街の向こうには、新しく出来たばかりだというショッピングモールが
窓ガラスに朝日を反射させて光っている。
進化し、発展し続ける都市の中で、時を忘れたように取り残され、
成長し続ける都市に呑み込まれてゆく貧しさは、
そこで際立つように暗く、残酷に映る。

そんな外の景色を眺めながら、
貧困が生み出す制限と、
豊かさが生み出す無限の可能性について考えずにはいられなくなる。
今自分が持つ物質的・非物質的財産の全ては
どれだけ「豊かさ」の上に成り立つものなのかと、考えずにはいられなくなる。
ここは、明日の食べ物を得るために今日を生きる人々の顔と
年末の休暇をどう過ごそうか悩む人々の顔が方々で交差する国なのだ。

ジャカルタ市内を出てしばらくすると、見える風景に変化が見られるようになる。
田の間の舗装もロクにされていないようなあぜ道を
男女二人乗りのバイクがのんびりと走ってゆく。
どこまでも緑に広がる野原のところどころに、
火炎樹の燃えるようなオレンジ色が浮き立つ。
破れたシャツを着た人が、腕を広げたように見えるバナナの木が手を振るように連なり
マンゴの木はセクシーな丸みをつけた大きな実をたわわにつけている。
そしてそれらのマンゴの実を大量にカゴに乗せて車内に売りに来る物売り。
大地のもたらす恵みと、それにつながる人々の暮らしを見て、
そこに豊かさの欠片を見つける。

先進国的生活をする場所ではもう失われてしまった「豊かさ」は、
物質的には100%恵まれている私が口にすると、ただの感傷的で身勝手な
「豊かさ」でしかないのかもしれないけれど。
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by akkohapp | 2005-12-30 12:57

back to my country

11月18日

ガルーダ機の丸い窓から、優しいピンク色の光が座席までいっぱいに届く。
期待が大きく傾くと、窓の外で青い波が揺れているのが見えた。
5年。
この国で中学から高校まで過ごした以上の時間を、
いつの間にか日本で、アメリカで送り
またここに戻ってきた。
妹や友達が多く言うほど、またここに戻ってきたいと思っていたわけではないけれど
時々延々と伸びる時間軸をふと振り返ると、自分を育ててくれたこの国に
想いが舞い戻った。

まさに学園天国だった日本人学校で過ごした甘い時間。
JISに通ったあの二年半。
今思えば、これが私ですと今堂々と外側に公言できる要素のうち
とても大きなパーツを作ってくれたのが、インドネシアだった。
あの時間があったからこそ、会えた人たちがいる。
つながった人たちがいる。

機体はスムーズにデンパサールの滑走路にすべりこんだ。
何も変わらないインドネシアの色をした空、雲の模様、
椰子の木の茂り方、赤土の屋根、島、それを囲む海。
子供の頃から馴染みのある白い花が咲いている。

聞く音楽も、今回一緒にこの地の土を踏む友達も、一人になったときに思い浮かべる人も
五年前には出逢ってもいなかった。
それでも、こうして元々のものと、新しいものを両方詰め込んで、
私はここに戻ってきた。
そんな風に、自分さえも想像しなかった人生の線を、
私が自由な方向に描き続けていた5年の間も、
インドネシアはそのなだからな輪郭と、大らかな優しさを何一つ変えずに
ここにいてくれたのだと思うと、
忘れかけていたくらい自然に、私はこの国を愛していたのだし、
この国の優しい人たちに愛をもらって育ってきたのだと気付く。

プラプラとしながらヒマそうに店番をする売り子たち、
平気で遅れる飛行機、
デンパサール飛行場の中を一歩一歩歩くたびに
ものすごいスピードでこの国の空気の中での呼吸の仕方を思い出した。



ただいま。久しぶり。

また迎えてくれて、ありがとう。
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by akkohapp | 2005-12-30 12:08 | 大切な人