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<   2005年 05月 ( 15 )   > この月の画像一覧

雪の音

彼の家を出てくるときにはみぞれだった天気は
自分の家が見えてくる頃にはすっかり雪に変わっていた。

恋人じゃない、友達じゃない、
今日の午前中の空を覆っていた雲の色のような関係は
青空を望むことがないまま、空中分解する気配がしていた。

私たちを囲む空気の温度はどんどん下がっていっているのに
彼の唇は温かいんだなぁなんて呑気なことを考えながら
蛍光灯が映す白く染まり始めた道路を、一人で歩く。
ブーツの底から這い上がってくる寒さが骨を伝う。

電車のドアが閉まる直前に
電話に見立てた手を耳に当てて
「家に着いたら電話して」のしぐさをする彼を思い出して
傘を持っていない片方の手で携帯を取り出す。
白い背景に、携帯についている赤いストラップが揺れるのが見えた。

三回目の呼び出し音の後、彼の声が聞こえた。
珍しく私の名前を呼んでから、もう着いた?とゆっくり尋ねた相手に
うん、と短く答えてから、あと2分で玄関、と付け加える。
いつもはそれで、オヤスミを言い合ってすぐに切るのに、
なんとなく会話を途切れさせたくなくて沈黙のまま立ち止まる。

水色の傘に白い小さな塊が音を立ててぶつかるのだけが聞こえる。

よくわからないまま、どんどん遠くに来てるけど
彼との距離は全然近くならない。

もう、疲れちゃったよ、

ひと言口に出してみたら、思いのほか湿ったものがたくさん出てきて
言葉以外の水っぽいものもたくさん出てきた。
顔にぶつかる雪の欠片が溶けるより早く、
不覚にも涙が目の淵から落ちる。
鼻の奥がツーンとしてきたのは、
寒さのせいばかりじゃないことも分かりきっている。

そういう水っぽい音を出さないように、
最大限の努力をして、黙った。


彼はずっと沈黙を聞いていて、
泣いてる?とだけ尋ねた。


上を向きながら、No,と言って、
傘の水色をにらんだ。

彼が一番好きだといった色なのに。



サラサラサラサラ、雪が傘にぶつかる音だけが聞こえる。
I'm just listening to the snow.

そう言ったら
受話器の向こうで柔らかく笑う声がした。





あの雪の夜。

結局、あれが彼との最後の電話になった。

サラサラサラサラ、傘にぶつかる雪の音だけが聞こえる。
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by akkohapp | 2005-05-31 01:22 | 花鳥風月

17歳のつまさき

ペディキュアを塗るたびに思い出すことがある。

高校二年生になったばかりだったと思う。
トモダチ、の男の子と映画を見に行くことになり
西日が差し込む部屋で光るピンク色を足のツメに塗った。

彼とは昔からの友達だったけれど、二人だけで出かけるのは初めてだった。
二人だけで重ねた言葉はあんなにたくさんあったのに、
二人で出かけるということは
周りの風景の色をちょっと色を塗り替えたみたいだった。
ちょうどツメの先っちょ分だけ位、ほんの少し。

でも、それは私達の未来に淡い期待の香が混じるようなものでは全くなく、
ただ単にいつもは女の子の友達と辿るコースを、男の子の友達となぞるだけのことで、
もちろんその友達との関係は最初から最後まで何も変わらず、
約束どおり映画を見て、帰った。
お互いの学校生活の話や、部活の話、そんな他愛もない会話を重ねて別れたと思う。

なのに何故だろう。
私は後日、親友に、その友達と会う前にペディキュアを塗ったことを打ち明けた。
恐らく、いやきっと告白の意をこめて。
そして、親友は私のことを叱った。
そんなことするのは、何か期待してるんじゃないの、と。

サンダルの先からのぞいていた淡いピンク色は
「友達」の色に少しトーンを加えた女の子の色だったのかもしれない。

親友にそんな風に言われてみれば、なんだか自分でも
すごく不道徳なことをしたような気になり、
当時付き合っていた人にとても申し訳ない気持ちになった。
男の子の友達と二人で出かけたことではなくて
ペディキュアを塗ったことで。


爪先の色があんなに意地悪だった17歳の世界。
今はもう、何色を塗っても後ろめたさは感じないし、
爪先に意味を重ねたりしない。

けれど、剥げかかった色を除光液でとり、
新しい色を加えて出かけるとき、
今でもあの17歳のつま先を思い出す。
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by akkohapp | 2005-05-31 00:31 | 花鳥風月

ごめんねアリシア

アリシアキーズ大好きとか言っておきながら、
The Diary~を購入していなかったツケが来ました。
最後のトラック、The Streets of New Yorkを聴いていなかった!!
ショック・・・
しかもNasさん、Rakimさんをお招きしたゴージャスな曲じゃないですか。
2004年版New York State on My Mindとある。。。
これを聞き逃していたのは・・・イタイ。
マンハッタンの汚れも暗さも全て呑み込んだ上でマンハッタンに生きる。
あのスペシャルな街への愛情がアリシアの声からしみじみと伝わってきます。
これまで聴いてなくてごめんね、アリシア。

最近いいじゃんと気づいてよく聴いているのがちょっと今更?なLudacrisさん。
南部パワー炸裂です。
昨年の冬に出たThe Red Light Districtの前作、
Chicken and Beerは、ジャケ写真に印象の全てを持っていかれてしまい
しっかり音を聞き込むに至りませんでした・・・
なんか見ただけでおなか一杯になっちゃったんだもん・・・
                         ↓コレ
a0007479_2322628.jpg

                      (脚だよ脚・・・・。)
でも、Red Lightはなかなかノリノリな一枚で
新宿駅で電車を待ちながらGet Backを聴いてると
朝の満員電車の憂鬱もイェエエ~~~~イ!と乗り切れるような。
こんなに元気でちょっと恥かしいっていうくらいがちょうど良いかんじです◎


今一番欲しい一枚はDiary of a Mad Black Womanのサントラ!
Angie Stone, Monica, India Arie, 大好きなHeather Headleyら
実力派女性シンガーたちが、しっとり系からノリノリ系、ジャズからソウルまで
幅広く歌いこなしています!!広く深い一枚。
映画は日本でも公開されるのかしらん?
せめてCDだけでも手に入れたいけれど
最近はCD一枚に2000円以上つぎ込む行為が恐ろしくて
なかなか一枚選んでレジに持ってゆくということができません・・・


あ、そうだあとNASとCommonのリミックスアルバム
Uncommonly Nastyが非常に気になっています!
どなたかもう聞かれた方いらっしゃいましたら、ご感想をお聞かせください★
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by akkohapp | 2005-05-22 23:04 | Art& Music
12日に書いた「その壁の向こうに」についてのコメント欄が、相当アツいことになっています。
元々あのログは完全に個人的な感情に基づいて書き連ねた
何の論理性もない、ある個人へのメッセージであったつもりですが
みなさんがコメントをくださったことから
性別や人種、民族を超えた、あるいはそれらの要素を超えることができない
個人のアイデンティティーについて深く考える良いきっかけとなったログとなりました。
本当にありがとうございます。

個人として、日本人として、アジア人として、国際社会で生きることについて深く考えさせられる
内容の濃いブログを執筆されているkei_dogさん、
ニューヨークのハーレムにお住まいで日々ニューヨーク特有の
「多様性」を肌を持って感じていらっしゃるliberulaさん、
そして大学でwhiteness(白人性)について研究を重ねていたsayaka(敬称略ね★)
それぞれの方がそれぞれの見地から国際社会で錯綜する個人のアイデンティテイーについて
コメントを下さりました。
お三方に心から感謝です。


これからもご意見、ご感想、お待ちしております。
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by akkohapp | 2005-05-20 00:01 | race and ethnicity

夜のカフェテラス


深い黄色のテントと、群青色の天井。
店内にはコーヒーを挟んで何やら真剣に言葉を交わす若い三人の男女と
何も話さない夫婦、
そして遅めのディナーを食べるマスター。

こんばんわ、カプチーノ、ありがとう、
という三単語だけで、望みのものをすべて揃えた。
アルルの夜は静かだ。

迷っても、道をたどっていれば必ず町の中心にそびえる
教会の前にたどり着く石作りの路地を
彼はそぎ落とした一方の耳に痛みを覚えながら歩いたのだろうか。

少し飲みすぎた赤ワインの酔いに任せて
友人にポストカードを書くためにペンを滑らせた。
今、この葉書に描かれているカフェにいます、と
ぼんやりと文字を並べるエアメール。

絵の中に描かれたような星の輝きは夜空に一切見つけられず
密度の高い闇に少し畏怖の気持ちを覚えたことを覚えている。

身を焦がす愛欲も
体の一部を切り落としたくなる絶望も
星の輝きのような生への喜びも
そこには見えず、
唯一見えたものは
一日を無事に終えた人々のやわらかい横顔と
カプチーノの香りだけだった。

ただただ変わらないのは
深い黄色と、群青色。

それだけは、彼が映した色と変わらぬまま、
a0007479_1222339.jpgのカフェテラスを彩っていた。






ゴッホ展今週いっぱい開催中です。
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by akkohapp | 2005-05-17 01:23 | Art& Music

『黄金の魚』

谷川俊太郎 黄金の魚


おおきなさかなはおおきなくちで

ちゅうくらいのさかなをたべ

ちゅうくらいのさかなは

ちいさなさかなをたべ

ちいさなさかなは

もっとちいさな

さかなをたべ

いのちはいのちをいけにえとして

ひかりかがやく

しあわせはふしあわせをやしないとして

はなひらく

どんなよろこびのふかいうみにも

ひとつぶのなみだがとけていないということはない





『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』
1975年
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by akkohapp | 2005-05-17 00:15 | Art& Music

『気球の上る日』

谷川俊太郎  気球の上る日

気球の上る日には

村中が大騒ぎになるだろう

子ども等は朝飯を食べ残し

大人たちは酒と楽器をもち出す

誰もが乗組員と握手したがり

勝手な天気予報を述べたてる

種子まきを終えたばかりの畠すら

この日は少し踏み荒らされるかもしれない

前夜いさかいをした恋人たちが

手をとりあって走り出る

瀕死の病人が枕許の窓を開け放つ

それらの熱い視線に追われるように

巨大な花のつぼみは起き上り

ゆっくり青空へと開いてゆく―

その行方は誰も知らない

階段に腰かけて鼻で空をかいでいる

あの盲目の少年と同じように






『空に小鳥がいなくなった日』
1974年
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by akkohapp | 2005-05-17 00:06 | Art& Music

その壁の向こうに

人種も性別も、人間が持つ最も一義的な身体的特徴でしかないのにも関わらず
社会や歴史の変遷によって最も色濃く影響を受けたカテゴリーだと感じる。
だからこそ、その人工性の中に不平等や優劣性が存在することに
憤りを感じるし、そこに縛られる社会の体制に苛立つ。

「所属への欲求」は人間の持つプライマリーな欲求として数えられている。
自分は国籍では「日本」、人種では「アジア人」、性別では「女」として
カテゴライズされ、この区分の仕方がどうであろうと、
社会的な方法によって「正規に」自分をどの枠に置けば良いのか分かっていることは
日常生活を営む中で便利なものであることは間違いないし、
恐らく無意識のうちに自分がこの「正規の」グループへ「所属」できていることに
安堵感を覚えていることも確かだと思う。

けれど私はこれら「正規の」カテゴリーより遥か外に広がる世界が
存在することを知っている。
むしろ、「正規の」カテゴリーはもはや社会を正統に区分しきれていないのだと思っている。
それほど、世界は多様性に満ちている一方で、
(日本)社会は増え続ける新たな種にどのような水を与え、
何色の花を咲かせればよいのか分からない。


社会の体制が変化するのは時間がかかる。
けれど、個人の持つ容量は思っている以上に大きくて
色んなものを吸収できると思う。
だからこそ、人工的カテゴリーに縛られず
目の前にあるものを自分の目で確かめる。
心で感じて、それで好きだと思ったら好きだし
そうじゃないと思ったらそうじゃない、それだけのことだと思うんだよ。

何であるかより、誰であるかが大事、とはよく言ったもんだと思うけど
完璧同意です、それ以上言うことない。
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by akkohapp | 2005-05-12 00:50 | race and ethnicity

火にくべる

「・・・人間ゆうのは、記憶を燃料にして生きていくものなんやないのかな。
その記憶が現実的に大事なものかどうかなんて、
生命の維持にとってはべつにどうでもええことみたい。
ただの燃料やねん。
新聞の広告ちらしやろうが、哲学書やろうが、エッチなグラビアやろうが、
一万円札の束やろうが、火にくべるときはみんなただの紙きれでしょ。
火の方は『おお、これはカントや』とか『これは読売新聞の夕刊か』とか
『ええおっぱいしとるな』とか考えながら燃えてるわけやないよね。
火にしてみたら、どれもただの紙切れに過ぎへん。
それとおんなじなんや。
大事な記憶も、それほど大事やない記憶も、
ぜんぜん役に立たんような記憶も、みんな分け隔てなくただの燃料。」


(村上春樹『アフターダーク』より抜粋。)


自分の手首の頼りなさや
相手が着ていたシャツのボタンのかたち、
夏の朝に流れる千切れ雲とか。
ポカーンと浮かぶ記憶は、意味や哲学に全然関係ない
風景写真みたいなものだと思う。
そのときはそんな場面をそれから一年後、三十年後、一生
覚えていることになるとは考えもしないのに
何故か残ってる、再現できる。
全く重要性を持たないはずだった記憶も
時を経てすごく意味のあるものになったり、
あるいは逆に、もう一生忘れられない!って思っていたことも
時間の流れの中に漂ってしまったり。
でも、たくさんの「燃料」を今日も少しずつ火にくべて
そして新しいものを次々と加えて
生きてるんだなー。
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by akkohapp | 2005-05-11 23:48 | 花鳥風月

the Strange Fruit

インドネシアで八年も暮らしたのに、あの頃のことを文字にすることは最近滅多にない。
日々の生活に照らし出されないことを、
鏡のように反射させて文字にすることは難しいのだ、多分。
けれど、今、インドネシアの一欠けらを目の前に、
その味を口の中に含んでいるので書いてみる。

インドネシアを食べている、というのは決してメタファーではなく、
実際私はそれを帰宅してからもう三つも食べている。
どんなものであれ、三つ、というのは明らかに食べすぎを表す数字であるのだが
どうにもこうにも止められない。

出張から帰国した父が懐かしいスーパーの袋に詰めて持ち帰って来たその果実は
オレンジ色のやわらかい皮を持つ。
柔らかい、という表現を用いてその「やわらかさ」を表すことは難しいが
確かにそれはやわらかいのである。
縦横に伸びる「皮」や「皮膚」特有の柔らかさではない。
どちらかといえば、押せば戻ってくるような柔らかさである。
しかし、その表面は叩くと軽い音が鳴るような硬さで
その表面をスプーンで破ると、白いスポンジが見える。
そのスポンジにくるまれるように収まっているのが、マルキッサの実である。

このマルキッサ、インドネシアに住み始めた頃には
「カエルのタマゴ」と呼んでいた。
オレンジ色の皮からは想像できないような生臭い実を持っているのだ。
説明する余地もなく、実はカエルの卵に似ている。
半透明の膜に覆われた黒い種が無数に繋がっていて、
それをスプーンで種ごと食べる。
種の大きさはスイカの種ほどだろうか。
半透明の膜はみずみずしく、意外なほど爽やかな果汁を含んでいるので
種を食べる、ということに抵抗はない。
ジャリッ、ジャリっと音を立てながら半透明の膜に覆われた種を食べていると
まさにカエルの卵を口にしているような感覚である。
しかし、これがやみつきになる後味なのだ。

林檎を食べたことによって、アダムとイブは楽園を永久に追放されるが
夏の暑い日に、この果実が目の前に置いてあれば
どんな罰を受けても食べたいと願ってしまうかもしれない。
それほど、みずみずしく、スルリと喉をすべってゆくこの南国のフルーツ。
日本ではまだお見かけしたことはない。

インドネシアには、「果物の王様」として悪臭高い、じゃなかった名高いドリアンをはじめ
なんとも舌触りと色合いが官能的なマンゴースチン、
(こちらは「果物の女王」と呼ばれている)
日本でも有名なマンゴーや、スターフルーツといった多様なフルーツ諸相がある。
毎朝メロンが朝食に出ていたことなど、今となっては夢物語である。

粒ぞろいの、磨きぬかれた日本の果物は、その品質、味ともに世界一のものだと思う。
しかし、時々、あの素朴でユニークなインドネシアの果物たちが心底恋しくなる。
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by akkohapp | 2005-05-11 00:25 | 花鳥風月