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<   2005年 04月 ( 8 )   > この月の画像一覧

HEROになりたい

早稲田大学政治経済学部教授、高橋世織氏による講義より。

「主人公」の定義とは何か。
ドラマ、演劇、文学中に登場する人物、またはモノをどのように定義して
主人公、つまりヒーローとするのか。

ロシアの識者、Y.ロトマンによると、
主人公とは
「テクスト空間内において、越境的行為をしうる人物・(モノ)。」
柳田邦男によると、
主人公とは
「流され王」
つまり流浪する人。
また、23歳にして國學院大學の教授となった天才、折田信夫によると
それは
「貴種流離譚」
つまり、希少であり、かつある諸相から剥離し、また流浪するもの。*

これら三つの定義に共通する事項、それは
「越境」や「流浪」といった単語に通ずる「動き」、または「移動」の観念であるといえる。

代表的な例として取り上げられた川端康成の『雪国』では
暗く長いトンネルを抜けて、「主人公」は東京砂漠から湯煙の立ちのぼる雪国へ「越境」する。
また、このブログの横にあるライフログに掲載している
吉本ばななの『ムーンライトシャドウ』では
この世とあの世の境界となっている川の橋を渡る=越境することによって、
「主人公」は交通事故で亡くした恋人と再会するのである。

こうして考えてみれば、「越境行為」の達成に、直接的に関連する行為は
橋を渡る、トンネルを越える、峠を越える、扉を開ける、などが挙げられるだろうが、
「主人公」たちが達成する「越境行為」は、物理的なものばかりではなく、精神的、
内省的なものでもある。

例えば、谷崎潤一郎の『春琴抄』では、春琴と佐助が
互いの愛を通じて、盲目の世界と、光のある世界を超越するのだろうし、
梶井基次郎の『檸檬』では、「主人公」の青年が
書店の上にレモンという「爆弾」を置くことによって
自分の日常から非日常へとトリップする、といった具合だ。

時空的、物理的な移動、越境はもちろん、
精神的、感情的な流浪を経て、人が「主人公」となるのなら
多くの人が旅に出たいという欲求をもてあますことにもうなずける。
しかし、旅人として世界各地の異文化の扉を叩き続けることのみが自動的に
「越境行為」とされるのではなく、いかに自らが、何もない空間に、越境のための道具、
つまり自分にとっての橋や峠や扉を作るか、そしてその境界線を越えたところに
新しい世界を築けるか、ということこにこそ「主人公」であることのセンスが問われるのだと思う。

ひとつの場所にとどまっていても、多くのチャネルを持ち、様々な世界観を
ヴィヴィッドに切り替えられる人は「主人公」の資質を持っていると言えるだろうし、
一年中放浪の旅をしていても、訪問する先に新たな世界観を感じられなくなれば
その人に「主人公」のタイトルを探し出すことはできない。



「今日の授業でのヒーローは、コックリコックリ15分くらい居眠りして
別の世界に行ってた人ですよ、ずーっと起きて授業聞いてた人は主人公じゃありませんね、
はっはっは。」
そう言って教授は授業を締めくくった。


ヒーローになるにはまだまだ鍛錬が必要なようだ。







*興味深いことに、ものごとの定義づけの時期は往々にして重なることがあるらしい。
同じような時期に、複数の人間が、同じような言葉でもってものごとを定義づける。
ダーウィンにより発表された進化論も、実は同時期に同じ定義論を発表した人間がいたとか。
主人公論にも同じことが言え、上記の三つの定義は同時期にまったく異なった人間が
同じような言葉を使って発表したものだという。
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by akkohapp | 2005-04-26 20:36 | 花鳥風月

大和魂丼

地下鉄の駅に続く深い階段を降りずに
道を真っ直ぐに辿って
その橋を渡ることにした。
左手には東京タワー、右手には高層ビル群が立ち並ぶ。
さっき受けた企業の最終面接の結果は
白い桟橋から覗く初夏色の空に放り投げていいや、と思えた。
隅田川はゆらりゆらりと流れる。

かかとが磨り減ってきた黒いパンプスと
お決まりのリクルートスーツで、入り口でちょっと躊躇しつつ
築地市場に入る。
お昼近くになった市場は、朝方までは魚がいれてあっただろう
白い発泡スチロールの残骸がそこここに散らばり
長靴を履いた男たちが忙しそうにトローリーを押している。
鱗や骨、魚の血の匂いが鼻をつく。

朝の活気はとっくに去っていたけれど、市場にはその残り香がまだまだ漂っていた。
薄暗い市場の中心部を突っ切る途中で最初に目に付いたのは
ツノを切り取られたカジキマグロの頭。
バケツの上に豪快に置かれていた。
見たこともない貝が種類別に並べられているのや
白い箱の中に横たわる目に一点の濁りのない魚たちを存分に眺めながら
スーツに魚のにおいが染み込んでゆくのを感じる。
いいんだ、このスーツを着るのも今日で最後。

市場の床にはたくさんのホースが散らされて
そこらじゅうから水が流れ出ている。
長靴を履いて、ガシガシ歩くことが正統な市場の楽しみ方であって
リクルートスーツとストッキング、パンプスは明らかに
ドレスコード違反である。
物凄い勢いで走ってきた小型貨物車に思いっきり水をかけられる。
長靴族からの視線を一身に受けながら、市場を突き進む。



市場のはずれにある天ぷら屋で
エビあなご丼なるものを注文することにした。
相席かカウンター席しかないその店は20名でパンク寸前。
客層は近隣のオフィスからお昼休みにやってきたサラリーマン、
土木作業中のおにいさん、
おばちゃんズ、
などなど。
ほとんどの客が一人で来て、一人で並んで、一人で食べ、一人でお茶をすすっているが
全員がそのプロセスをとても普通にこなした上で
おやじに「ごちそうさま」と声をかけて満足気に帰ってゆく。
誰一人、黒い器の中に米粒を残している人がいない。
一粒もだ。

私もカウンターの隅っこに陣取って、黒い器を受け取る。
冷奴がおずおずと付けられているのがニクイ。

一口食べて、なぜ客のどんぶりの中に米粒が一粒も残らないのか分かった。
グリーシー、なのだ。
これではごはんが器の中にくっつく余地がない。
魚のうまみをふんだんに含んだ油の味が、口の中に広がる。
天ぷらというよりも、それは何か違う揚げ物だと思った。
それに似た揚げ物をどこかで食べたことがあると思って記憶の糸を辿る。

行き着いた先は、
ニューヨークのハーレム。

有名なソウルフードの店で、この天ぷらに似た揚げ物を食べた。
もちろん、ハーレムで食べたのは魚ではなく、ご立派な肉だったけれど
衣の感触がとても似ている。
あの店内にいた客は、イスからお尻をはみ出させて
はちきれんばかりの巨体を震わせながら大きな声で笑い
黒い肌の家族達と夏の夕べを過ごしいた。


知らない者同士は干渉しあわないことがルールの東京で
少し擦り切れた黒い器を覗き込みながら
無言でおやじの天ぷらを食べる。
あのハーレムの親しみやけたたましさを思い出しながら
しっぽまでエビを平らげ、
米粒を一粒も残さずに
「ごちそうさまでした」とひと言伝えて店を出た。

「ありがとねぇ!」という威勢の良い声を背に
市場を後にして、今度は長靴を持って朝早く来ようと思った。
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by akkohapp | 2005-04-23 11:44 | 花鳥風月

べろんちょ

吸い込む空気が、鼻の奥でツーンと刺さるような、寒い冬の日だった。
大学一年生だった私は、珍しくミニスカなんか履いてて、
太ももがやたら寒かったけど、強気でいたかった。
彼氏と別れたばかりで、
服とかメイクに「強気」っていうメッセージを意識的に込めないといけないといけないくらい
参っていた。

自分でも無理しているのは分かっていたし
それは周りから見ても明らかだったのだろう。
じゃあ元気がでるもの食べにいこっか、と先輩が誘ってくれたのは
ゴチャゴチャした路地を少し横にそれたところにあったカレーうどん屋だった。

カレー屋やうどん屋はたくさんあるけれど、
カレーうどん屋、というのはかなり奇異だ。
でも、そこは確かにカレーうどん屋だった。
黄色か黄土色みたいなのれんに書いてあった店名は
「べろんちょ」
のれんをくぐっただけで、ちょっと顔の筋肉が緩んだような気がした。

水はもちろんセルフサービスで、カウンター横には黄色いスープがこびりついたみたいな
マガジンやジャンプが積んであるかんじの店。
20名入ったら満員になるような、小さな店内のいたる場所から
カレーの匂いが薫り立っていた。

ブタカレーうどん、とかそんなかんじのものを選んだんだったと思う。
果たして出てきたカレーうどんは、カレーうどんを超えるカレーうどんだった。
スープのトロミ具合は三年経った今もハッキリと思い出すことができる。
割り箸で触れるとくずれるような肉は柔らかく煮込まれ、
スープの中にドカンと存在感を表していた。
うどんとカレースープ、ではなくて、それはあくまでもカレーうどん、という
一つの融和されたもので、なんだかものすごいエネルギーがどんぶりの中に漲っていた。

れんげでスープを一口一口すすりながら、
「すごい」「すごい」を連発して、先輩に「ありがとう」を繰り返したことを覚えている。
まともな食事ができないくらい落ち込んでいた胃の中に
あの黄土色のカレーうどんが落ちていって、ものすごく安らかな気持ちになった。
のれんをくぐって、冷たい空気の外に出たら、
さっきまで彩られなかった自分の息が、白く染まっていた。
体温じゃなくて、絶対心の温度が上がったと思った。


その後、一度だけあの路地を曲がって、べろんちょに行った。
のれんの代わりに貼られていたのは、一枚の紙。
紙面には「べろんちょは夜逃げしました」と黒マジックで書いてあった。
悲しかったけど、変に納得してしまった。

心のどこかで、そんな風にわけもわからないままあの店に消えて欲しかったんだと思う。
失恋からすっかり立ち直って、日常の中にべろんちょが根付いていたら
それはそれできっと楽しかった。
カレーうどんの日、なんかが仲間内でできたりして
みんなでニコニコ笑いながらあのスープをすすっていただろう。

でも、そうじゃなくて、あの寒い冬の日、ヒリヒリした気持ちと
冷たくなった太ももで、先輩と二人、一度だけ行ったことに
すごく意があり、また味があった。

先輩はとっくに卒業して、何時の間にか連絡も途絶えてしまった。
でも、今でもその路地に通じる道をひとりで通るたびに
あの黄色いのれんと冬の日を思い出す。

幻の、べろんちょ。
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by akkohapp | 2005-04-18 23:36 | 花鳥風月

Sign

人との出会いとか、ご縁とかってどのくらい信憑性のあるモンかな~と考える。
ありえないだろってくらい、感性の波長が合ったりとか、
偶然の再会を何度も何度もすると、
やっぱココには何かあるのか!?とか自然と思ってしまう。
けど、そういう非科学的な要素に引きずられすぎるのもど~かなと思うし。
でも、やっぱ気になるし。

宗教を信じている人には、迷いの時には必ず神様が「サイン」をくれて
従うべき道が見える、みたいなこと言うけど、
そういうのは宗教を信じていなくても見えたりしないんだろうか・・・
本当にそれが進むべき一本道なら、神様じゃなくても、
何か超自然的なものが、何らかの方法で「こっち来~い こっち来~い」って
導いてくれるのかも・・・しれない。

よく、結婚相手に出逢った瞬間にビビっと分かるとか言うけど(聖子的には)
本当にそんなんあるのかな?
あるんだろうけど、そういうの経験できるのは少数派で、大方妥協とか努力とかしながら
健全な結婚生活築いてるんじゃないのかな~って思う。
社会生活も一緒。
色んな選択肢がある中で、本当に本当に自分の運命一本道!って
明確に理解して、その道を選び取っている人なんてどのくらいいるんだろうか。
自分の適性も、使命も、運命も、そりゃ元々備わってるものもあるんだろうけど
ある程度は努力によって自分のものにしてゆかなきゃいけないから
みんな頑張ってるんじゃないのかなって思う。


私が辿るべき道はどれだろう?
呼んでる人は誰だろう?

迷いのときです、ギブミーサイン。
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by akkohapp | 2005-04-18 00:01 | 花鳥風月

ひさしぶり

はじけなきゃ!っていうプレッシャーなしで
空きすぎのカウンターで
コロナをだらだら~っと飲んで
お互いの近況を報告しあう。
仕事先であった面白い話とか、
もうすぐリリースされるスティービーワンダーのCDが楽しみとか、
他愛もないことばっかり。
10時過ぎには「明日朝早いから」とか言っちゃって
そそくさと地下鉄に乗る。

久しぶりに会った人からは、久しぶりのにおいがした。
それは、確かに冬のにおいだったはずなのに、いつの間にか桜も散ってしまった。

金曜日の夜よりも、ずっと落ち着いてる土曜の夜。
刺激も、興奮もゼロで、でもちょっとだけドレスアップして人に会う。
こんな夜の過ごし方も悪くないな。
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by akkohapp | 2005-04-17 00:36 | 花鳥風月
自分が降りるはずの駅を、電車はますますスピードを上げて通り過ぎてゆく。
アレ・・・私、ここで降りるはずなんスけど?
車内の電光掲示を見たら
「快速特急 藤沢行き」

特急ってぇ・・・このあと7駅くらい停まんなかったりするよねぇ・・・
悟った瞬間に開き直った。
そーだ、どうせだから終点まで行っちゃえ~!

ってなわけで、小田急線、神奈川県方面に走りまくり。
日本全国春でした。
桜の木と、その下を通る人々の柔らかな顔を車窓から見て、あ~幸せ。

終点はー、サザン本拠地の江ノ島!!
トンビ飛びすぎ!

潮風がちょー気持ちよかった。
リクルートスーツ+ヒールだったから、さすがに浜辺に下りるのはやめた
・・・わけない。
海まで行って波を触らずに帰れるかっつーの。
ガッツリ太平洋に触れ、一人でビッグスマイルを浮かべ
メチャメチャ満足して帰って来た。
ってかその後大手町まで戻って面接受けた。

いやー、楽しかった。。。

しかし、こんなんでいいのか・・・?
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by akkohapp | 2005-04-09 18:53 | 花鳥風月

楽庵

国際電話特有の、プツッ、プツッ、というノイズは、
いつも私に海底を伝う一本の黒い電話線を連想させる。
何度国際電話をかけても、その音を聞くたびにちょっと緊張する。
暗く深い海の底で、孤独に伸びた電話線をつたって
私の発信は彼のいる国にようやく届く。

一度目は出なかった。

もう一度だけかけてみる。
なんでこの人なんだろう。
国番号から始まる長い電話番号を
間違えないように指でたどりながら一つ一つボタンを押す。
世界のどこにいても、そうやって、海底を伝うコードを辿って
彼に電話をかけている。
プツッ、プツッ、

"Hello?"
その一声。
声を出そうと思ったけど、鼻がつまって息が吸えない。
"Hello"
潰れそうな声で、一言そう言う。
"Who is this?"
こんな声じゃ、分かってもらえないのは当然だ。
名前をやっと伝えたら、
静かな静かな声で、ゆっくりと、どうしたの?って尋ねてくれた。
その声を聞いたらますます泣けてきた。

最初は一つのことで落ち込んでいても、
深みにはまるとアレもコレも、全部ひっくるめて悲しくなってくる。
子供の頃、母に怒られながら「だいたいあなたは、あの時も・・・」と
叱られる種が増えてゆくことに不平を感じていたけれど、
年を重ねて自分の感情の動きが母のそれととてもよく似てきたことに気がつく。
本人すら何に怒っているのか、悲しいのか訳が分からなくなってるのだから
聞いてる相手はきっともっとわからない。
それでも、そんなことおくびにも出さずに、根気よく耳を傾けてくれて
ゆっくりと糸をほどいてくれた。

前から思っていたけど、この人の声には何か特別な力があると思う。

雨が好きで、クッキーが好きで、紫色が好きな音楽の神様。
ジョージタウンにいた頃は、音楽のダウンロードに一晩かけて
でっかいチョコレートチャンクが入ってるクッキーをかじりながら
よく朝まで一緒に話した。
くだらないことも、大事なことも、悲しいことも、嬉しいことも。

そういう過去を全て飲み込んだ声だから、そう思うのだろうか。
その声を聞いていると、安全な庵の中で優しさに守られている気分になる。

一年に200通以上のメールを交換して、泣いたり泣かせたりしながら
今もこうして黒い電話線の向こうで繋がっていてくれる。
そんな友達を心の底から大切に思う。


彼が住むその異国の街には、桜の木がないという。
東京でもようやく開花した、淡いピンク色のその花びらを
いつもありがとうという言葉に添えてエアメールで送ろう。


ARIGATO... as always.
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by akkohapp | 2005-04-04 21:35 | 大切な人

Go Ladies!

金曜日のダイニングバーは7時に終わるハッピーアワーを目前にかなり混雑していた。
気のあった仲間、女4人で集まって、色とりどりのカクテルを持つ。
ピンク、ライトグリーン、オレンジ、パープル・・・
みんなそれぞれ両手にグラスを持って、カンパーイ!
一つのグラスには花火までついていたので
その火花が消える前に、全員で「ハッピーバースデー」を大合唱。
誰の誕生日でもないのに。

最初から熱が高かった夜。
テーブルの上のフローズンカクテルは私たちが交わす言葉の中で
あっという間に溶けた。

考えてみれば、今年は私を除く全員が新たな環境の中で
新しい生活を始めることになる。
私にしても、現在進行形で未来への道を選び取ろうとしているから
2005年は私たち全員にとって"big year"となるのだろう。
進学や留学、就職を前に、それぞれが不安と希望を抱えテーブルを囲む。

「5年後はどうなっているんだろうね。」
「10年後はどんなことしてるのかなぁ。」
たまたまテーブル脇にあった世界地図を仰ぎながら
10年後、20年後、自分たちがどこで何をしているのか想像してみる。
「スペインの大学に行きたい!」
「中国ってすっごい自分に合うの!ビジネス感覚が!」
「パリ政治学院ってどう思う?」

夢は、大陸や文化、現実さえも軽々と飛び越えて
テーブルの上を行き交う。
そして、こうして話していると
あたかもそれらは単なる夢ではないような気がしてくるから不思議だ。
どんな場所でどんなことをしたいと言おうと
その風景の中に身を置いて生活しているそれぞれの姿が浮かんでくるのだ。
そのくらい、飛躍のバネを感じるそれぞれの顔を前に
私だって、どこへでも行けると思えた。

年を重ねれば重ねるほど、出会いの数は増え、可能性は広がるのだと実感する。
けれど、10代の頃にはほぼあだ名だけで入力していた携帯のメモリーには
正確に入力された氏名がズラリと並ぶようになった。
そんなことでもしなければ、フルネームをきちんと漢字で書ける自信がないような
付き合いが増えた証拠だ。
限りない出会いの中から、根を張る出会いはやはり限られていると知っているからこそ
目の前に並ぶ三つの顔がいとおしいと思う。美しいと思う。

高く、遠くへ、それぞれの道を幸せに進もう。

そして、全員が今ここに顔を揃えている今の時間、大事にしてたくさん楽しいことしようね!
今月はお花見~イットク!?!
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by akkohapp | 2005-04-02 23:40 | 大切な人