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<   2005年 03月 ( 15 )   > この月の画像一覧

近所に、物凄く大きな空き家がある。
もう何年もほったらかしにされているので
物凄い、と形容するしかないくらい物凄く荒れ果てている。
木造の雨戸や桟はビロビロと剥がれて
家屋を覆ったツタが近くの電線に今にも届きそうな勢いで伸びている。
ひび割れて黄ばんだ石に残されたかつての主の名前も
いかにも古めかしく、
それは表札と呼ぶよりも、ためらいながらも墓石と呼んだ方が正しく思える。
夜はもちろん、昼間もその家の前だけ薄暗いのだが、
なんとなく、気味が悪いとか、怖いとか感じないから不思議な場所だと思っていた。


早朝の散歩からの帰り道、いつもは通らない道を辿っていたら
視界の端に濃いピンク色が見えた。
その鮮やかさにつられて、道を引き返すと、
いつも通りのボロ屋があるが、それがピンク色に染まっている。
近寄ってみると、そこには一心に花をつけた、一本の梅の老木があった。
小ぶりの八重梅を枝の先までたわわにつけて、
春の空へ花びらを散らしている。


家の主が去り、誰の目にも触れられることなくなった今も、
こうして堂々と花を咲かせる梅を眺めていたら、こんなストーリーを思い出した。

核爆弾が落とされ、命あるもの全てが地上から姿を消した後も、
タイマーによってセットされた人間の家は、朝になると
アラームを鳴らし、キッチンではお湯が沸き、パンが焼ける匂いを漂わし、
夕方になればバスタブが満たされ、暖が入る・・・
アメリカのSF作家、レイ・ブラッドベリの『火星年代記』に収められている作品の一つだ。


梅に見とれていると、花びらに隠れた家屋の方から
鞠を転がすような音がした。
ドキドキしながら、家の方に目をやるが、
そこには無人のベランダがあるだけ・・・


そうではなかった。

まだ抜け切らない冬の毛で胸を膨らませたハトが一羽
朝の静寂の中、ベランダから私を見つめていた。
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by akkohapp | 2005-03-30 22:52 | 花鳥風月

Karma...?

ドアを開けてくれたのは彼女の方だったけど
なんとなく、ドアが開く前から彼もいるんじゃないかと思った。
ドアが開ききって、部屋の中を見渡したら、やっぱり、彼もいた。
私が大好きな二人は、昨年から付き合っている。

年齢よりもずっと成熟してる彼女は、表面上はクールだけど
たまに見せる可愛らしさと、まっすぐな一生懸命さがたまらなくいい。
日本人の男の子がなかなかできないような紳士の振る舞いと、自信を漂わせた彼は
お家の環境もあるのだろう、「徳」とか「善」を生まれながらに持っている人。
そんな二人が惹かれあったのはきっと当然のことだけど、
目の前に二人が一緒にいるのを見ると、心から「よかったなぁ」と思わずにいられない。
神様でも、運命でも、偶然でも、何でもいいけど、そういうものによって、
二人が出逢えてよかったなぁ、と思う。

居心地の良さに甘えて、延々と並べ立ててしまった私の言葉を
うんうん、と優しく受け止めてくれる二人は、最近表情や雰囲気が似てきたように思う。
お互いの違いは、ちゃんとそこにあるんだけど、
二人が共有する「何か」が透けて見える。
柔らかくて、あたたかくて、周りにいる人をも緩々させるような何か。

"meant to be"で結ばれた二人は、いくら表面的に相違があったとしても
何かしら共通するものがある。
言葉にしなくても、理由なんか探さなくても、
お互いが一緒にいることにシャンとした肯定感がある。


そういうものを感じられる二人を前に、元気をチャージして家路についた。


カバンを大きく振って、口笛なんか吹きながら、家まであと一つの角を曲がったら
夜の中に沈丁花の甘くて強い香りがした。
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by akkohapp | 2005-03-30 22:06 | 大切な人

The Funk Brothers gave life to...

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I think it's very important for people in my generation to not only know the history, but also to experience to change them.

I have so much respect and so much to learn from the people that came before me... These people are the great people, not just great musicians.
I think that's what I carry with me.

It's just being able to converse and talk to people who have done so much
to influence what I do and what I wanna be. The people bring the place life...


私たち若い世代にとっては、
歴史を知ってそれによって変わることが大切だと思う。
尊敬してる先達に多くを学びたいわ。
彼らは人間としても偉大だもの。それを忘れないわ。
彼らと親しく話が出来てよかった。
私の仕事や目標としているものに深く影響を与えた人たち。
彼らこそがモータウンに命を吹き込んだ・・・



Meshell Ndegeocello
Standing in the Shadows of MOTOWN
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by akkohapp | 2005-03-27 02:39 | Art& Music

幸せ一輪


卒業してしまった友達のために駅でガーベラを一輪買った。

何色にしようか迷ったけど、彼女の笑顔を思い浮かべて黄色にした。

わざと、まだちょっと開きかけのものを選ぶ。



夜、自転車で家路を急いでいたとき

電話、しようかな・・・って思った。

でも、やめた。

今日切ったばっかりの髪の毛が

春の夜風に流れる。

ようやく毛先まで全部「元々のわたし色」に戻った髪の毛が

自分でいること、自分ひとりでいることを励ましてくれる。



友達と囲む温かい食事
誰かと「いいよね」って言い合う絵や音楽
会ったこともないけど、画面の中でやわらかい言葉をくれる人たち
いい香りがする紅いロウソク
玄関を開ければ必ずある家族の顔
ふと見上げた空に浮かぶ満月
ガーベラの黄色の上に咲く笑顔



一人でも、一人じゃなくても、幸せになる方法っていっぱいあるんだって

いまさらながら思ってる。
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by akkohapp | 2005-03-27 00:57 | 花鳥風月

ひとり

それは、時々やってくる。
何か脳内で変な分泌液でも出てるんだと思う。
誰か止めて、って助けを求めてるけど
止めてくれる人はいない。
どんなに寒くても、暑くても、
足がフラフラになって、目が回っても、
止められない。

執着の発作。

どこからどう見てもいわゆるB型人間のはずの私なのに
一度それが始まると、怖いくらいに一つのことに固執する。
対象は、その時々。
人だったり、モノだったり。

軽度の症状は、買い物。
ニューヨークのソーホーで、一つの店から出てこられなくなった。
軽く三時間は経っていたと思う。
手に一杯の服を抱えて、それら全てが本気で欲しいと思う反面
どれも欲しくないと思った。
丁寧に接客をしてくれていた店員はしびれを切らして
ランチに出かけていった。
その店員がランチから戻ってきても、私はまだ同じ状態で服を両手一杯に抱えていた。
もうとっくに判断能力はなくなって、
本当に欲しいものなんて一つもないはずなのに、店を出られない。

重度の症状の場合、その対象が人になる。
1時間だけ、と思って待ち始めたのに、
来るのか来ないのか分からない相手のことを
5時間待ってしまった。
病気、としか言いようがないと思う。
途中から自分が怖くなった。
動いて、電車に乗らないと、って何度も自分に言い聞かせるのに
あと1分待ったら来るかもしれない、
そう思うと、動けなかった。
結局、待っていた人と会えることはなかった。


ドシャ降りの雨の音が、ミュートになるくらい喧騒がすごい
夕方の新宿駅で、立ち止まって人が行き交うのを見た。
そしたら、ものすごく寂しくなったから、タワレコに入った。
音楽の力で元気になろうと思って、
買おうと思ったCDを一枚買って出てくるはずだったのに、
気がついたら三時間半音楽を試聴し続けていた。
耳がおかしくなって、足の感覚が半分なくなってた。
まぶたも重くって、眠たかった。
家に帰って、あったかいお布団で寝たいって思ってるのに
止められなかった。

帰れなくなってる私の背中を、誰か見つけて
「もういい加減にしなよ、帰りなよ」って言って欲しい。
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by akkohapp | 2005-03-24 00:49 | 花鳥風月

日米学生会議#4

「自分には常にアメリカ市民としての自覚があった。
しかし、アメリカは自分を信用してくれなかった。」

サンフランシスコのミルズ・カレッジで、
私たちは日系二世の老夫婦を囲んでお話を伺った。

日本語は一切使わなかった。
「最近はだいぶ耳が遠くなっちゃってね」と笑う奥さんを横目に
彼は同じ言葉を繰り返していた。

「自分には常にアメリカ市民としての自覚があった。
しかし、アメリカは自分を信用してくれなかった。」

1940年代に最高潮を迎えたカリフォルニアの日系人排斥運動の中で
強制収容所に入れられた。
4人兄弟全員が軍への入隊を志望し、対ヨーロッパ戦ではなく、
対日戦の中で暗号読解のプロフェッショナルとしてアメリカに尽くした。
しかし、アメリカが彼らを勇敢な兵士として称える機会はついに訪れず
敵の疑いをかけられると同時に、自由を奪われた。

家族との時間、築き上げてきた財産、自由、希望、若さ、国への信頼、
ささやかな幸せをつなぐための糸を、アメリカによって断ち切られた後も尚、
自分はアメリカ国民であると堂々と述べる強さを持つ。

彼らにとって、自分たちを「ガイジン」扱いする日本は、ルーツこそあれど
「外国」でしかない。
その一方で、裏切られ、全てを奪われても、
それらの過ちを認め、教育と仕事の機会を与え、
人生を開いてくれたアメリカが「母国」であることには、
少しの疑いもない。


個人にとって国家とはどんな存在なのか。

自由を与え、安全・安心を与え、住居と明日のための労働を与え
国を形成する過程に参加する権利を与える場所こそが
個人にとっての国家であると信じていた。
しかし、これらのものを与えられなくとも、その国を自分にとっての
母国として生きてゆくより道がない人々は、
歴史の中だけでなく、現代においても多くいることに気が付いた。

子供が、親を無条件に愛してしまうように
人は自分が生を授かり、生を送る場所を無条件に母国として愛せるのだろうか。

裏切られても、信じていたものを取り上げられても
その国の一部である以外にない人々。
そうであるより仕方がない人々。
日本にも、アメリカにもembraceされずに、宙に浮くようなアイデンティティで
それでも必死にアメリカという国のために戦をし、
星条旗に誓い、西部の土に足を踏ん張って生きてきた人たち。
彼らの味わった苦難と葛藤を考えた。
その穴はあまりに暗く、底は深く、覗き込んだら涙がこぼれた。

「この国には矛盾も、悲しい過去も、傷もたくさんある。
けれど、この国の国民であるというアイデンティティーにしがみつくより他に
どこにも行くところがない人がたくさんいる。
人工的だけど、アメリカはこうして統合しているんだ。」
耳が遠くても、しっかりとした深い声だった。

他にオプションがない人たち。
アフリカにルーツを持つAshleyの強い瞳が光る。

「どこから来たのか、自分が誰なのか分からない人々がこの国にはたくさんいる。
私は白人の人がどういう人生を生きているのか分からないし
戦中の日系人のアイデンティティーも理解できない。
でも、私たちがこうしてここにいることの意義は、
私たちが別々の道から来ていても、一つの道しるべを見つけて
一つになる道を探し続けることだと思う。」

カリフォルニアはGolden Stateと呼ばれる。
州を囲む山々が、日本人労働者によって全て畑にされ、
夏になるとそれらの畑が黄金色に変わったからなんだ、と
イタリアにルーツを持つホストファミリーのパパが教えてくれた。
阿蘇山10個分くらいの広大な土地を見上げながら
当時の日系人の根性を想った。
日本人特有の生真面目さで、ゼロから一つ一つ積み上げたのだろう。

そして、アメリカ人として、この地に根を張った彼らは
モザイクのようなアイデンティティーを靡かせながら
私の前に姿を現す。
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by akkohapp | 2005-03-20 19:21 | JASC

日米学生会議#3

穏やかに波を揺らすパールハーバーは、
思っていたよりもたくさんのノイズを心に鳴らす場所だった。
USS Arizona、1941年12月8日、1779人が命を落とした軍艦の上に
建てられた祈念館に立ち寄る。
犠牲者の多くが、私たちと同じくらいの若者であったという。

目を腫らして涙ぐんでいるアメリカ人の老夫婦の姿を見る。
時は過ぎ、人は老い、世界は刻々と様相を変え続けてゆく一方で
事実は確かにその場所で生き続け、そこを訪れる戦争を知らない若者にも
残酷に史実を伝える。

しかし、私に罪の意識は全くなかったし、責任感もなかった。
私がインド人や、イタリア人であったとしても、きっと同じように抱いたであろう気持ち:
人間としてユニバーサルに感じる失われた命への敬意、平和の尊さ、戦争の醜さ
そんなものを感じたように思う。
日本人である自覚は確かにある。

言語を含め、文化的にも、帰属意識的にも、法的にも、私は日本人だし、
例えこれから法の上で日本人でなくなったとしても、
私が日本という土壌を通じて培った感覚や、美意識、
常識やモラル観が根本から覆ることはないだろう。
何が私たちを「日本人」や「アメリカ人」と定義づける
明確な要素になるのかは分からない。
けれど、とにかく自分は、少なくとも公式な場で
自分は日本人であると定義づけるし、日本の国民であるという。

その一方で、日本のたどってきた歴史の一部は
自分にとっての一部ではないと感じる。
恐らく私だけではない、多くの日本人にとって
戦中に日本がアジアの国々に対して行った行為は
(それらを全て史実とするかしないかは今は取り上げないこととした上で)
「人間として」失われた命に敬意を払い、
その事実が起きたことを残念に思うことがあっても
それを「日本人として」謝罪することには抵抗があるのではないだろうか。

アフリカ系アメリカ人の子供たちが、
アメリカ史を学校で学びたがらないという理由は
その歴史は自分たちの歴史ではなく、自分たちを奴隷として扱った
白人男性によって作られた歴史だからだという。
けれど、私たち日本人が日本史を学ぶ際、
どれだけの人がそれらの歴史を「自分の」歴史だと捉えるだろう。
日本の女性が、日本史の多くは日本人男性によって作られてきており
自分たちは男尊女卑社会の中で権利を虐げられてきたから
歴史を学びたくない、などと訴えるのは聞いたことがないし
事実自分は、日本人の女性としてそのようなことは思わない。
かといって、日本史が自分を形成してきた要素だとして捉えたことはないし
世界史やアメリカ史を学ぶときと大きな意識の差異があったとは思えない。

国や民族への感情は、どこから湧いてくるものだろう。
自国を愛する気持ちと、他国に敵対する気持ちが
直結することが多々あることは知っている。
また、他国に敵対する気持ちが、
自国を愛する気持ちになりえる事も知っている。
人間は、醜い歴史を重ねてきたし、
今日も利権にとらわれた国際社会の中で生きてゆくしか術がないから、
自国に傷を負わせた国や、自国に不利な条件を与える国を憎む感情は
もちろん存在するのだろう。
けれど、国や民族への愛情は、そうした相対的な要素がないと、
湧いてこないものなのだろうか。
比較することなく、相対化したり、敵対化することなく
目の前にあるものを自然に愛で、
自分が帰属する場所を心地よいと思うことだけによって
人間は国や民族に愛情を感じることはできないのだろうか。

こんな風に思うのは、私が平和ボケした日本人だからなのだろうか。

かつて、ハワイの太陽の下に輝いていただろう船は
その一部を海面にニョッキリと曝す以外は
海の中にその体を横たえ、
色とりどりの鱗を纏った魚の住処となっていた。
60年以上が経つ現在も、
船体から漏れる油が海底からこんこんと湧き上がってくるのが見える。
玉虫色のその油は、ユラユラと波の上で形を変え続けていて
なんだか生きているみたいだと思った。

その上を、アメリカ人が、日本人が、肩を抱き合い
小さく言葉を交わしながら闊歩する。

2004年夏。

63年前に海の底に沈んだ若い命に、黙祷をささげた。
一人の人間として。

そして、少しだけ日本人として。
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by akkohapp | 2005-03-19 14:03 | JASC
エンドロールが全て流れ終わる前に、コートを着て席を立った。
踏みつけられたポップコーンや、残されたコーラのコップが
現実の中に照らし出される前に、劇場を出たかった。

水曜日のレディースデー、しかも六本木ヒルズという場所柄もあって
バージンシネマからは、バリっとスーツを着こなした女性たちが
次々と出てきては、ヒールの音を同じように響かせながら階段を下りていた。
就活用の全然好きじゃない黒いヒールの音を立てて、自分も一人で階段を下りた。
いつから一人で映画を見に来られるようになったんだろう。

見上げると空にはぽっかりとちょっと太った三日月が浮かんでいる。
欠けている月や、花にかかる露や、雲で霞む星を眺めたときに、
心がぬくもったり、しっとりと濡れたりすることを、嬉しく思う。


電話が鳴る。
携帯の画面には親友の名前がオレンジ色に光っている。

「なんかさぁ~月がきれいだから電話しちゃったよぉ~」

酔った声だったけどさ。
こういうとき、私たちはつながっているんだと分かる。

一人で映画に来られるようになって、
カルアミルクくらいじゃ全然酔わなくなって
ヒール履いても足が痛くならなくなっても
一番柔らかいところは17歳の頃から変わらなくてさ。
格好つけたこと言ったって、ホントは痛がってるんじゃん。

そういうのは、こっちも同じで、お互い様。

映画を見終わって一人で地下鉄に乗るのは寂しくて
ワイン一杯で体がジーンとしちゃって
ヒール履いててもいつも時間にギリギリで走りっぱなし。
格好つけて電話を打ち切っても、本当はお互い
まだそんなフニャフニャのものを持ってることが分かって、
安心してる。
結局恋にも相変わらず不器用。

酔わないと弱音吐けなくなったのは、逆に弱くなったからなのかもしれない。
また電話しておいで。
月に理由つけなくてもいいからさ。
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by akkohapp | 2005-03-18 00:46 | 花鳥風月

Reflection

10年近くも付き合ってると、久しぶりに会っても
顔を見るだけでその人がだいたい今良い状況にあるのか
そうでないのかは、なんとなく分かるようになる、
・・・なんて容易くは言えないことだけど、嘘でもない。
久しぶりに会う友人を前にそんな風に思った。

「ホンマに彼女とは合う。ホンマに・・・・。」
聞いてもないのに、何度も何度もそう言う友人は
「ホンマに」満ち足りた表情をしていた。
付き合いだした彼女のことを本当に大切に思っているのがよく分かる。
「アイツは最近イイ顔してるなぁ」って、何人からも言われていたことを
彼は知っているだろうか。
恋愛という関係だけに限らず、
素の自分を全て受け止めてくれる存在があると分かっている人、
自分の魅力を存分に発揮できる場所を知っている人は
そんなふうに自信と優しさで満たされた顔をしているのだと思う。

車内の蛍光灯がいやらしく反射する地下鉄の窓に映った自分の顔は
口の両端がちょっと下がりすぎて、眉間も寄りすぎていた。
毎日着ているから、最近テカリが出てきた黒いスーツから伸びてる首が頼りなさげ。
自分の魅力や価値について客観的に考えることが多い日々。
気が付くと丹田から力が抜けて、背中も曲がってる。
慌ててほっぺの筋肉を吊り上げて、ニーって口を広げてみる。
背筋を伸ばして、座席に座りなおす。
斜め前に座って、音楽を聞いてるお兄さんが一瞬ギョっとしたようにこっちを見たけど
気にしない。

「強くなければ生きられない。優しくなければ生きる資格がない。」

モクレンの白い花びらが、あのフワフワした硬い蕾から、柔らかく開く頃には
強く優しい顔ができるようになるといい。
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by akkohapp | 2005-03-15 16:06 | 花鳥風月

桜雪


目を覚ますと、車窓の外には白いものが舞っていた。

目の前には、よく知っている顔が二つニヤけている。
「無防備に寝ちゃった」
そう言った私に、
「何をされたかも知らずに・・・クックック」
と顔を見合わせて含み笑いをする様子は、中学の頃から変わっていない。
世の中は人の外見を形容する言葉で溢れているが
知り合って10年も経てば、カワイイとかカッコイイといった形容詞は
もはやその人を形容する表現力を失う。
この人たちは自分を傷つけない。
この人たちは自分の何を見せても嫌わない。
単純にその顔を、安心感を持って見つめる。
何を口にしようと、あるいは何も口にしなかろうと
そこにはほっこりと心地よい空間ができることを、私たちは知っている。


青春18切符を利用して、東京で開かれたジャカルタ日本人学校中等部の
同窓会にやってきた友人を、横浜まで見送るつもり・・・が
旅行情緒満点の東海道線のボックスシートに気が付けば三人で乗り込み
はるばる熱海まで来てしまったのだ。

睡眠、というデフラグ作業をしなければ、経験は一連の連結した波となって
海馬に襲い掛かる・・・って何のことだかワケ分からないのはこっちである。
つまりはオール明けで、記憶がごっちゃ混ぜなのだ。
数時間前に、人よりもカラスが多い新宿で煮え切らない解散をしたことが
夢のようだ。
誰もその場を去りたくなくて、「後ろ髪を引かれる想い」そのまんまで
ゆっくりと別れた。



よく通る声を持つ沖縄出身のまりこと、盛り上げ上手のまっつぁんが
中学時代に流行った曲を歌い出せば、狭い部屋の空気は
笑い声とタンバリンの音ではちきれんばかりに膨らむ。
テンションは、午前3時過ぎ、歌舞伎町のカラオケボックスの中で沸点を迎えた。

すっかり大人の装いをして、大人のしぐさをするようになったそれぞれが
10年前と同じ顔ぶれを前にして、かつてと同じ笑顔を満面に浮かべているのを見ると
自分たちが歩んできた道はso far so good,
人生は上々なんだと思えてくる。

でも、現実は、それぞれが平易な道を歩んできたというわけではない。
たった20年弱の人生ながら、それぞれが喜怒哀楽と日々向き合って
一日一日紡いできた。
新しい出逢いを幾度となく重ね、悲しい永久の別れもいくつか経験した。
それでもこうして、今日という日までに皆が繋がっていることが嬉しい。

4月から多くの仲間が新社会人として独立することになる。
学生として、社会のイザコザなんて何の関わりもなく笑ってられるのも
今夜が最後なのかと思えば、さすがに感慨深い。
それぞれが、この一瞬一瞬を脳裏に焼き付けるようにして楽しむからこそ、
火花を散らす錬金術みたいに、黄金の時間が生まれる。
隣に感じる体温を、
クシャクシャになった笑顔を
もう今では誰も呼ばなくなった私のあだ名を呼ぶ声を、
忘れないように、
たくさん心のフィルムを使ったような気がする。


桜の花びらのような
3月の雪のような
夏の花火のような

夜が終わった。




列車はゆっくりと熱海駅に到着し、
私たち三人は、見たこともないレトロな列車が次々と停まるその駅で
カウンター越しにおばちゃんと向かい合っておそばを食べた。
あったかいねーと言いながら、ふはふはお汁まで飲んでから、
おばちゃんにお礼を言って、お店を出て、
京都まで遠路を行く友人を見送った。

ドアが閉まる瞬間まで、三人で言葉を交わして、
彼が乗った車両が見えなくなるまで、私たち二人は手を振っていた。


雪はもうとっくにやんで、線路の向こう側には広い海と、みかん畑が見えた。
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by akkohapp | 2005-03-13 15:38 | 大切な人