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<   2004年 09月 ( 3 )   > この月の画像一覧

死にゆく王

ケビン・コスナー主演の『JFK』を見ていたく感動してしまいました。
法という見える正義の測りを持っている人ってかっこいいんだぁと
初めて弁護士という職業が魅力的に思えた。


「正義は自動的に生まれるものだと思っていたのでしょう
正義は人間が作るものです」

「私は長生きしないだろう。
だから私は8歳の息子に長生きしろと言いました。
そうすれば彼は知ることができる。
2029年に国立公文図書館のドアをたたき、真実を知ることができる。
もしも拒否されたなら世襲の仕事にします。
父から息子へ、母から娘へと受け継がれる世代の仕事です。」

「”死に行く王に権威なし”
でも、皆さん、死に行く王を決して忘れないで。」

ケネディ暗殺の陰謀説の真実は未だ明らかにされておらず、
その真実は2029年になるまで眠り続けている。
2029年・・・47歳の私はおそらくまだ生きている。
死に行く王を忘れなければ、真実のドアを叩くことができる。

この作品の終わりにはこんなメッセージが示される。

「過去はプロローグにしかすぎない。」

「この作品を真実を追及する若者に捧ぐ」
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by akkohapp | 2004-09-21 23:02 | Art& Music

The Key of the Big Apple

8月のニューヨークは臭い。
様々な肌の色を持った人からそれぞれ沸き立つ汗、
少しでもビルの陰に寄ろうとするホームレスの糞尿、
ストリートのいたるところに捨てられる生ごみが
瞬時に腐敗を始める。
これらの匂いに加え、ピーナッツ屋台の煙、セフォーラの新作パヒューム、
ハンバーガー屋のポテト、排気ガス、地下鉄の駅の温風、
ホットドッグのチリソース、全てが混じりあい
攻め入るように鼻腔に押し寄せるのだから半端ではない。

1年ぶりに訪れたニューヨークの街は、私の目には
ただの臭くて薄汚れた忙しい街にしか映らなくなっていた。
ようやく再会できた恋焦がれていた人に、
もはや昔のような恋情や情熱を抱けない自分に気がついてしまったかのように、
あるいは特別だと思っていたその男も
その他大勢の人間とそう変わりもなかったんだなと
気が付いてしまうかのように、
あんなにも魅了的だったニューヨークの魔法はあっさりと解けてしまった。

こんなに臭い街だったっけなぁ、と顔をしかめながら足早に歩いて
留学中からNYに寄る度にお世話になっていたホステルに
帰ったのは夜中の2時を過ぎていた。

日本で緊張感を纏わない生活を送るうちに
すっかり臆病になってしまった私は
体を覆う皮が薄くなってしまったかのような恐怖感に捕われながら
たった3ブロックしか離れていない映画館からビクビクしながら
帰ってきたのだった。

まだまだ外は暑いでしょぉ、とトニーが声をかけてくれた。
フロント係の彼は2年前、アポなしで突然飛び込んだ私に
部屋のキーをくれ、相変わらずアポなし宿無しの私に
今回もベッドひとつと真っ白なシーツを渡してくれた。
日本人の男の子には何故か意地悪だという噂だけれど
私はトニーのゲイ特有の柔らかいのイントネーションが好きだった。

安全な場所で久しぶりのニューヨークの夜風に当たりたかったので
3時にバルコニーが閉まってしまう前に急いで外に出た。
空を見上げるが、そこには空さえ存在しないかのように何も見えない。
大小のビルが思い思いの形で虚空に伸びて行く。
ビルの陰に隠れそうな十字架。ストリートに出てしまうと
まったく所在が分からないが、どうやら教会が近辺にあるらしい。
近くでサイレンが聞こえる。

冷めてしまったのは自分の気持ちなのに、なぜかニューヨークに
打ち捨てられたような気持ちになり、
この都市のパワーに負けている自分に気が付く。
この街が包み込むダイナミックな生と死、
朝と夜、喜びと悲しみ、それら豊かな二極性に魅了された私は19歳だった。
しかし今再びこの街のアスファルトの上に立ち、足元を見つめると
そこに見えるものは何と言うこともない、
世界中どの場所でも平凡に繰り返される人生の一歩一歩があった。
蒸し暑い地下鉄に乗り、生活のために働き、
犯罪に巻き込まれぬよう子供たちを教育し、
スーパーでは今週のお買い得品を買う。
そんな当たり前の生活風景が、
2年前よりもずっと明確に見えてしまった。

しかし、この街に失望感は抱いていない自分に、私は気付いていた。
慕情こそなくなったものの、私はこの街で生活を送ることのできる
確かな自信を感じるようになっていた。
それは旅行者は感じることができない、
そこで生活を送るものだけが刻むことができる、静かな、でも確かな
一歩一歩のリズムだ。


私がこの街に、自分の部屋のキーを借りに来るのは
いつになるのだろう。
トニーにシーツを借りなくても、
安らかな自分のベッドで眠りにつくことができるようになるのは
いつになるのだろう。



ニューヨークの夜は淡々と更け、
夜風と共に午前三時のこの街の匂いが私を包む。
そう、それはよく知っている、身体に馴染んだ匂いだ。
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by akkohapp | 2004-09-13 01:58 | NYC, USA

Moment of silence for 9/11

3度目の9月11日がやってきた。
3年前、飛行機がニューヨークの高層ビルに突っ込むのをTVに釘付けになって
眺めていたときは、ニューヨークという都市が後に自分にとってこんなにも
大きな意味を持つ都市になるということを想像さえしていなかった。
ニューヨークが自分にとって特別な街になって、改めてあの惨事が
その街に住む人々にとってどれだけ大きなダメージを与えたものであったかが
よく見えるようになった。

8月の末に再びグラウンド・ゼロを訪れた。
訪れるたびに姿を変えるグラウンド・ゼロはその傷跡もすっかり「補修」され
そこがどのような意味を持つ場所かを知らない人が見たら
ただの工事現場に見えることだろう。
その日は細かい雨が隙間なくNYCの町を覆う、悲しいほどの悪天候。
8月だというのに上着を羽織り、傘は持たずにバスを降りた。
すっかり観光ルートの一部になってしまったWTC跡を、
金網ごしに眺めたい気持ちはなかったが、
そこを訪れるたびに何かを新しく感じ取りたいと思う気持ちが私の歩みを速めた。

かつては巨大な星条旗が吊り下げられていたグラウンド・ゼロ周辺の高層ビルは
すっかり再建され、何事もなかったかのように
高層ビルのジャングルの中に同化していた。
2年前は溢れんばかりだった献花や、
さまざまな国の言葉で綴られた犠牲者へのメッセージも減っていて、
ますますその場所は無機質なコンクリートの塊のように見えた。
雨の中を歩く。
そこにはNYC中の他のどのストリートでも見かける風景がある。
湯気を立てるホットドッグ屋、足早に歩くビジネスマン、
ウォークマンを聞きながら歩く高校生。

・・・高校生?

グラウンド・ゼロのあるロウアー・マンハッタンはウォールストリートのある地区で
ビジネスマンが闊歩するエリアである。
どこまでも高層ビルが立ち並び、見上げる空さえも迷路の中に吸い込まれそうな
この地区はお世辞にも教育に理想的な環境であるとはいえない。
しかし、それは確かにそこにあった。

グラウンド・ゼロからわずか1ブロック。
二つの飛行機がビルに突っ込み、3000人以上の犠牲者を出した9・11の
悲劇の爆心地から、わずか1分。そのビルに刻まれていた文字、
"Highschool"-高校だ。
工業高校らしいそこは、おそらくあまり収入の高くない家庭の子供が通う学校なのだろう。
大人の体をしたアフリカン・アメリカンの子供が数人大きな声を上げながら通り過ぎる。
この子たちは3年前の9月11日にもこの学校に通っていたのだろうか。
どのようにこの学校は3年間の歴史を乗り越えてきたのだろうか。
新学期が始まったばかりだったろうあの晴れた日、子供たちは一体
何を聞き、何を見、何を嗅ぎ、何を感じ取ったのだろうか。

ビルの正面に回ると、学校のロビーがガラス戸の向こうに見えた。
そこにあったもの。
そびえたつ二本のビルの向こうに巨大に広がる火の玉。
ツインタワーが燃えていた。
まだ稚拙な絵筆で描かれた惨事は、見る者にその凄惨さをダイレクトに訴えかけていた。
灰色の街が灰色の雨で満たされていたようなあの日、
私の目にはあの絵の赤だけが色であるかのように焼き付けられ、記憶された。


今頃はNYCのいたるところでメモリアルセレモニーが行われていることだろう。
悲しみを歌に託し、ろうそくの灯りに託し、祈りに託し、涙に託し、生きる力に託し、
人々はニューヨークに生き続ける。
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by akkohapp | 2004-09-12 01:28 | NYC, USA