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Autumn in New York

アメリカの秋は日本のそれよりも
ずっとダイナミックに、力強く訪れる。
それは巨大なスーパーマーケットに色とりどりに並ぶアイスクリームのようで
街路樹ですら添加物でも入っているのかと思うほど色鮮やかだ。
そこにまた、東京のそれとは同じものと思えないような
広大で色の深い空の色が映る。
新しい携帯を買って、画面がワントーン明るくなったような、そんな秋を向かえている。

特にこれといった用事がなくても、やはりマンハッタンに出ると
新しく感じる何かがあり、驚いたり、疲れたり、微笑ましい光景を見つけるたびに
しばらく使ってないなかった心の筋肉がもう一度動くようだ。

人との距離が遠くて近いこの国では
地下鉄に乗っていて、他人だと思っていた人同士が
通路を挟んで突然親しげに会話を始めたりして
そうか、知り合いだったのかと思うとやっぱり他人だったりするようなことが
当たり前で、そんな自分にも突然投げられる変化球を拾っては返すことが楽しい。

東京で会った人とも、ニューヨークで会うと全然違った歩き方やそぶりをしていて
ふと自分もそんな風になっているのだろうかと思ったりする。

バスで隣に座っている人と、自分の生き方の色が比較にならないほど離れているこの国で
どこかでそのの色の範疇の中に他人の色を組み入れて、自分と重ねてゆく作業は
どれだけ際限がなく、果てしないようでいて、可能性に満ちているだろう。
決して交わることはできないようでいて、いくらでも変化することはできる。
できる、というか、しなければ生きてゆけない、この街では。

パキスタンでの暴動のニュースが、毎朝トップニュースとして取り上げられる。
パキスタンの地理も、首都の名前もムシャラフの名前もまったく知らないだろうと
アメリカ人をバカにしていても、ニューヨーカーは違う。
ブルックリンには多くのパキスタン系の移民が住んでいて
彼らも地下鉄に乗り、ミッドタウンあたりのオフィスで仕事をする毎日を営んでいる。
隣に住んでいる人は、インド系のように見えたけれども、
そういえばパキスタン系かもしれない。
そんな、世界が混在し、様々な故郷の顔を持つ人がすれ違うこの街では
自分だけの色の中で生きてゆくのは自分を守る術を知らないということだ。

そんな、交じり合い、でも中々溶け合わない中にいると
溶け合っている人との守られた家がどれだけ大切に思うことか。

本当はまだまだ溶け合ってなんていなくて、どこまで入れられているのかも
分からないのに、それでも許しあっている友達や家族、
ちゃんと自分の通り道が開いている人の存在が
浮き立つように分かる国だからこそ、大切に思う。守ろうと思う。

ニューヨークは深い秋の中だ。
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by akkohapp | 2007-11-09 22:38 | 花鳥風月