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Black Eyed Beauty

「ただいまー」

ようやく覚えたオートロックの暗証番号を押して
ドアを開けると
おかえり、と迎えてくれた彼。

昨晩したケンカの後遺症はまだあるかな、と
ちょっとうかがいながら、暑いね、いっぱい汗かいちゃったよと
部屋の中に入る。

赤坂見附のマンションに引っ越してきてから
もう一週間くらい経つ。
いつの間にか、丸の内線に乗ってこの場所に帰ってくることにも慣れた。

夕暮れになると、地下鉄を降りてから地上に出るまでの
地下道に星座のモチーフをしたブラックライトが浮かび上がり、
その下をいつも競歩の選手さながらに早足で歩きながら
マンションのドアを目指した。

今日もそうして、駆けるように帰ってきたから全身汗だくでハグもできない。

シャワーをまず浴びて、すっきりしようかなと思っていると、
「そのまま、そっち向いてて。振り向かないで!」
と背後から言われる。

何?何?と状況が読めず、あたふたとクーラーの方を見ていると、
パタパタと洗面所の方へ駆けていって、戻ってくる足音。
「振り向いていいよ」
の声で後ろを向くと、オレンジ色のカタマリが目の前にあった。

夏の色をいっぱいに吸い込んだみたいな花たちは
本当に元気で、それぞれの色でわーんと周囲に大きな笑顔を投げかけているようだ。

「昨日は、ごめん。」

嬉しくて嬉しくて、私も花に負けないような笑顔で
お礼をたくさん言って、仲直りをした。


「この花びん、持ってくるのに本当に苦労したんだよ。
ほら、ガラスがすごく薄いでしょ?だからずっと両手に持って運んできて
汗だくになって大変だった。」

そうやって笑いながら嬉しそう。
「インスピレーションで選んだんだーほら、この曲線がキミらしいでしょ。」

とても滑らかな曲線を、繊細ないガラスで描くその花びんは
幸せをたくさん活けられるような大きなもので、その寛大さが
私をとても安心させた。

ありがとう、ありがとうと繰り返して、
その花びんをシンクに置いて蛇口をひねる。


      -ガシャ


ガシャ??
少し斜めになっているシンクの中で、
それは傾き、無残に割れた隙間を水が流れている。

思わず声を上げると、彼も飛んできてうわぁ、と声を上げる。

一瞬にして、花の色が霞み、笑みが顔から消えてしまう。

運ぶの大変だったけど、喜ぶ顔が見たくて、とついさっき言っていた彼の声が
まだ聞こえるようだ。

追い討ちをかけるかのように
うむ、、、花びんが割れるのは、縁起が悪いって言うよね、なんて
意地悪なことを言う。

何度謝っても、割れてしまった花びんは元に戻らず、
永遠なる曲線はギザギザの欠片になってしまった。
初めての花束だったのに。

店員さんと親しげに言葉を交わしながら
花を選んでいる彼の姿や
迷った挙句、花びんも買うといって高いところにあるそれを
とってもらっている時の横顔や、
見てもいない絵がくるくる頭の中を巡って、悲しくなった。

ごめんね。


結局その後、お詫びの気持ちをこめて、
もうひとつ小さな花びんとカラーを二本買い、バスルームに置いた。

黄色いそのカラーはBlack Eyed Beauty。
花の奥に黒い斑点があるそれは、
なかなかエレガントに夏を演出しているようで気に入った。

割れてしまった花びんは元には戻せなかったけれど
その子たちが残りの私たちの夏を彩る花になった。


あれから、一年が経った。
仕事帰りに、ふと花屋の軒先をのぞくと、目が合った。
エレガントな佇まいの中に凛とのぞく黒い瞳。
一年ぶりの再会に嬉しくなって、薄黄のそれを二本買って家路に着く。

完全な曲線なんて全然描けないデコボコの私たちは
それでも一年という弧円をいびつに、でも確実に辿った。
それは想像もつかなかったスピードで、
割れた花びんのジンクスに捕らえられる暇さえなかった。

もっともっとたくさんの花を生けられますように。
あのオレンジ色の笑顔をもっと見せ合いられますように。

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by akkohapp | 2007-08-09 20:35 | 大切な人