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せいふぁーうたきの蝶たち

沖縄南部にある知念村を目指す。
高速を間違って那覇で降りてしまったので、一般道を南へと下るコースに変更したら
思わぬところで太平洋を一望できる絶景が目前に広がり、得した気分だ。
果てしなく続くサトウキビ畑と、それよりも広い青い空。
南には米軍基地のフェンスは見当たらないが
平地であるこの周辺は戦中、最も厳しい戦いを強いられた土地であったという。
多くの女子供たちが喜屋武岬から身を投げた。
そんな痛みや傷を抱えながら、優しい輪郭を海へと延ばし、
島は健やかに夏の中で生きている。

目的地である斎場御嶽(せいふぁうたき)は15世紀ごろに築城された
琉球王国最高の格式を持つ霊地である。
2000年に世界遺産に登録され、今でこそ駐車場が整備されているが
参道の外からそれを臨んでも、まずそこに祈りの場所があるとは
誰も気づくまい。
うっそうとした緑と、岩と一体化した幹に守られるようにその聖なる地はある。

たくさんの蝶が舞う。
緑、青、紫・・・
みな黒い縁取りの中に宝石の色をたたえ、
あるいはあるものはただ漆黒の美をたたえ、
二枚の小さな羽が空を泳ぐ。

自由な形を熱帯の空気の中に伸ばす葉の陰に、
聞いたことのない鳥の鳴き声の中に、
たくさんの蝶が舞っていた。
野生の蝶を、あんなにたくさん見たことはこれまでにあっただろうか。

蝶は死者の魂の変化(へんげ)であるという話は、どこで聞いたのだろう。

私たちは言葉を一片も交わさず、首からぶら下げているデジタルカメラに触れもせず
石畳の道を奥へと進んだ。
畏怖しかなかった。
ここに足を踏み込んでいること自体、
自分の身の丈に合ったことをしているとはとても思えなかった。
元来、この場所は王族の人間しか訪れることができない場所だったという。

間違いなくパンフレットの表紙を飾るだろうと思われる
三庫理(サングーイ)はもちろん圧巻であった。
地盤のズレから生じた三角の隙間には、
太平洋が全体で受け止める太陽の光と風が集まり
きっと「気」が色なんかで見える人がその様子を見たら
さぞかし色鮮やかな三角形が浮かび上がって見えるのだろう。
その隙間を通り、岩の向こう側に行くと、コバルトブルーの背景を持つ
祭壇が備え付けられている。
61年前、血に染まった過去など嘘であったかのように、凪いだ太平洋が眼下に広がる。
言葉を失くして、風景に見入っていると、また蝶が三匹、連なって飛んでゆく。
見られているのかな、
ふとそう思う。

三庫理が表の「気」の扉だとすれば、
寄満(ユインチ)は裏の「気」の集まり場かもしれない。
私がより強く惹きつけられたのは、うっそうとしたこの場所だった。
寄満は王宮用語で台所を意味するらしく、かつてはここで
儀式に必要な食べ物が用意されたのだろう。
より多くの蝶がひらひらと宙を舞う。

一般公開されていたのは、この寄満までだったが、
恐らくこの奥があるのだろうな、と思った。
そのくらい、その奥からは「気力」が伝わってきていた。
蝶の羽音が聞こえるんじゃないかと思うくらい、静かだった。
木の実が落ちるポツ、ポツ、という音が響く。

まだ、生きている。
ここはまだ「遺跡」ではない。
こういう場所はね、日が出てるうちに行ったほうがいいんだよ、
日が暮れてくると、ちょっとそういうのが強くなり過ぎると思うから、
そう言った友達のセンスを、正しいと思う。


後で調べて分かったことだが、この場所は長らく男子禁制の場所であった。
世界遺産に登録されるまでに時間を要した背景もそこにあるのだという。
一般公開をされるようになった後も、男性は参道の入り口で
着物の袂を女性がするように左前にしてから足を進めた、とのことだ。
特権を持った女性にだけ与えられた最高の礼拝所。
台所は女性性をもっとも顕著に象徴する場所であると考えれば
寄満に自分が強い何かを感じた理由もつくような気がする。

たくさんの蝶たちは、琉球の時間から厳かに舞い続ける
王家の女性たちの分身だったのかもしれない。

観光客が落としていった小さなゴミを少し拾いながら石畳を引き返した。
私たちが参道を出た途端に、突然風が廻り、晴れなのに雨が降った。
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by akkohapp | 2006-08-04 16:23 | 花鳥風月