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録。


by akkohapp
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FUNKY 風呂屋

「銭湯、行こっか」

自転車にかかっている紫色のチューブタイプの鍵を外しながら
もう彼の顔は嬉しそうだった。
ちゃんと生きることがバカらしく思えてくるほど
巨大な月が八月の夜を脚色している。

中国人マフィアやホスト、キャバ嬢や疲れたサラリーマン、
客引きに一生懸命なアフリカ人や
次から次に押し寄せる学生サークルの集団なんかが
入り混じる新宿歌舞伎町から自転車で10分、
新宿の奥地に、その銭湯はある。
Deep South、もとい、Deep Shinjuku、Heart of Shinjukuの風呂屋は
彼のお気に入りの場所だ。

バブル崩壊後の地価高騰により
多くの家主や店主が土地を去らなければならなかったという
背景のせいで、その一帯は新宿だとは信じられない静けさだ。
昭和で時が止まっている。
最近ではお見かけしなくなったビールの自動販売機があるのはもちろん、
床屋のサインはあの赤と青と白のトリコロールカラーがクルクル回ってるやつだし
戸を閉ざした寿司屋には「オモチカエリデキマス」とカタカナの表記がある。
そんなエアポケットを、二人乗り自転車でぐんぐん駆け抜けて
キャーキャーはしゃいでたら
あっという間に銭湯についた。

どんなに腐ってもそこは新宿ど真ん中、
客層がファンキーこの上ない。
軒先で「刺青、タトゥー等しているお客様はご入浴できません」なんて
ヤワなことをホザく風呂屋ではないのだ。

番台で不機嫌そうにしているおじさんに入浴料400円とタオル代10円を払う。
(「番台」という単語、最近死語に近い。
こうして新鮮に使うことができてうれしい。)
(このご時世、10円で何かを買ったりできるってすごいことだと思う。)

「10時・・・半?」
「・・・・10時45分!!」
「・・・・・・・・」
「・・・・10時半に上がって、15分体拭いたりするから!いいでしょ?!」
今、9時半。

夏真っ盛り。
私にとって夏のお風呂の楽しみ方は、
ザバっと入って汗を流したら、次の汗が出ないうちにサラっと上がって
火照りの取れた肌の上から下着をつけて
クーラーガンガンの部屋で「あーーー」ってする、
オヤジ度満点のこれに限ると思うんだが、彼は違う。
放っておくと浴槽に2時間でも入っている。
よく肌がふやけないもんだと感心するくらいの、オフロ魔なのだ。

時間を決めてそれぞれ男湯と女湯へと別れてゆく。
脱衣所は割と広いが、何故か喫煙所があって、
一風呂浴びた極道の妻系がプファ~とやっている。
そのとなりで髪をかきあげ、裸で涼んでいるのは
ホステス系韓国人ママ。
脱衣所に喫煙所がある風呂屋を、私は他に知らない。

毎日男湯と女湯が入れ替る仕組みなのだが
この日は女湯に露天風呂がある日だった。
といっても、単に屋外に風呂があるというだけで、
新宿のど真ん中、トタン屋根だけがショボく取り付けられたその露天風呂では
なかなかスリリングな快感が味わえる。
他にも、ツボ押し、寝湯、立ち湯、スーパージェット、薬湯など
五種類ほどの湯壷があり、なかなかのバリエーション充実度だ。
何故か浴槽の上の壁には造花が飾られており、
ランやバラなんかが驚くべき美意識感覚の欠如と共に
一本一本等間隔を置いて並べられている。

男湯と女湯の仕切りはもちろん壁一枚で
女湯で
「静かな湖畔の森の陰から~♪」
と歌えば
「もう起きちゃ如何とカッコウが鳴く~♪」
と男湯から歌い返せる仕組みになっている。
あるいは、ヤクザmamaが
「アンタ!!」と叫べば
壁の向こうから銃声が鳴り響くようになっている。


毒々しい薬風呂にすっかりのぼせて、
それでも何度か冷水を浴びたりして浴槽にいる時間をギリギリまで引き延ばした。
それでも時計は10時5分。
男湯からも女湯からも見られるようになっているその仕掛け時計は
一時間ごとに小人が出てきて踊るキュートなもので
極道系客層とのミスマッチさが、またたまらなくヒップなかんじだ。
脱衣所から出てやっと10時15分。
あと30分・・・

  二人で行った横丁の風呂屋
  一緒に出ようねって言ったのに
  いつも私が待たされた~~♪♪

ボロボロに破れた合皮ソファーに座って
テレビでやっているエディーマーフィーの
コメディ映画を見ながら彼を待つ。
番台では半分ボケたおじいちゃんが400円の入浴料を払った払わないで
番頭と口論している。
「だーかーらー!!さっき400円もらってないでしょ!」
「あーー?」
「だーーかーーらーーー!!!!」

湯から出てきた老若男女は
これまた今時珍しい瓶牛乳を近くの
冷蔵庫から取り出して、その蓋を開けるの悪戦苦闘したり、
アイスを買ったりして、新しく肌からにじみあがってきた汗を抑えている。
そしてある程度落ち着くと、番頭に「ありがとーござぃやしたー」と声をかけ、
首からタオルをぶら下げて帰ってゆく。
やくざmamaや、韓国人ホステスは入浴後もキッチリ眉を書いて
そそくさとサンダルを履くと、さっぱりとした後姿で去っていった。

10時55分をたっぷり回ったころ、ようやく彼が出てきた。
顔が卵みたいにツルツルしてる。
「ごめんねー」なんて言いながら、にこにこしちゃって
手に持ってる紙を広げて見せる。
「見ろよこれー、さっき脱衣所でホームレスの人にもらっちゃったよ!」
白い紙には、キレイな目をした男の子が鉛筆だけで描かれている。
「どこに住んでるのかって聞いたらさー、『ん~とりあえず新宿』って
言ってたよアハハ!」
良かったねー、と言いながら、ホームレスって・・・とますます
風呂屋の謎が深まる。
「今日はヤクザ二人もいたよ。
二人とも背中から太ももにかけて立派な刺青してた。」


CCレモンを半分こしながら
二人乗り自転車で帰ったら、
パトロール中のおまわりさんに止められた。
「頼みますよーもう」って怒られたけど
「はいはーい」といってやり過ごした。



刺青みたいにクッキリしたクレーターを浮き上がらせながら
ぱんぱんに満ちた月が東京を照らしていた。
by akkohapp | 2005-08-23 22:31 | M&A Camp